ネットワーク時代の到来によって、様々なものが急激に、絶え間なく変化し続けている。ネットワーク、人工知能、遺伝学、製造業、輸送、医療などにおけるイノベーションは日々、どこかで起こっている。

しかし、変化し続ける社会に、私たちは適応できているだろうか?ビジネスマンや経営者、技術者や研究者のみならず、普通に生活している人々にも、時代に適応する能力と物の見方や考え方は必要な時代だと言える。

そんな時代を生き抜くヒントを示してくれる一冊が、『9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために』(伊藤穰一、ジェフ・ハウ著、山形浩生訳、早川書房刊)だ。

著者の一人である伊藤穰一氏については知っている人も多いだろう。
インターネット黎明期を支えた人物であり、インフォシークジャパン、デジタルガレージなどのIT関連会社の起業に参画。ソニー、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、ニューヨーク・タイムズなどの役員を歴任してきた。
現在、伊藤氏はMITメディアラボ(マサチューセッツ工科大学内研究所)の日本人初の所長である。同研究所では、既成概念にとらわれない発想で数々の研究が行われている。

一方、共同著者のジェフ・ハウ氏は、ワイアード誌をはじめ、様々な雑誌や新聞へエンタテイメント業界に関する記事を寄稿するコントリビュート・エディターだ。

この二人がタッグを組んで記した本書は、MITメディアラボが関わってきた数々の開発案件や事業からビジネス手法を論じるものでもなければ、最新の研究を解説するだけのものでもない。
変化が著しい現代に生きる上でのヒントが得られる「思想書」だと言えるだろう。

■激変する社会で生き残るための9つの原理

本書は、日々生じるイノベーションの波によって、社会、経済、ビジネス、技術開発におけるこれまでの常識が全く通用しなくなっていることを示唆している。

そして、新しい時代に通用する理念、哲学、行動原理がどのようなものかを9つのプリンシプル(原理、原則)としてまとめている。その9つのプリンシプルとは次の通りだ。

1、権威より創発     2、プッシュよりプル
3、地図よりコンパス   4、安全よりリスク
5、従うより不服従    6、理論より実践
7、能力より多様性    8、強さより回復力
9、モノよりシステム

かなりキャッチーな表現に複合的な意味が込められているが、それぞれをわかりやすく変換すると、次のようになる。

1、自然発生的な動きを大切にする
2、自主性と柔軟性に任せる
3、大雑把な方向性で動き始める
4、ルールには過度に縛られない
5、あえてルールから外れることも重要
6、あれこれ考えるよりもまずは動く
7、取り組みは多様性のあるメンバーで臨む
8、失敗を恐れて防御を固めるより、即座に動いて対応できる回復力を持つ
9、単純な製品より、広く社会的な影響を考える

ただ、まだ著者が何を言わんとしているか伝わりにくいかもしれない。
例えば、「5、従うより不服従」の章では、今や一般的になった繊維であるナイロンや透明なセロハンテープを生み出した人物の話から始まる。彼らは、上司や会社に言われたことを無視して自らの研究を続け、これらの製品を生み出した。

このことについて著者は次のように述べている。

社会と制度は一般に、秩序に向かい混沌を避けようとする。その過程で、不服従は抑えられる。でもそれは創造性、柔軟性、生産的な変化も抑えてしまいかねず、長期的には社会の健全性と持続可能性も潰しかねない。これは学術界から企業、政府、僕たちのコミュニティまで全てに当てはまる。(P186より引用)

ビジネスにとっては売上に、政府や組織にとっては社会的な面での多大な貢献になるアイデアも、押さえつけられたままでは形にはならない。

イノベーションを起こすには、個人が時に「不服従」の立ち位置を貫くこと。そして、企業や政府などの組織が、服従を強いらずにおくことが必要なのかもしれないのだ。

■未来の可能性を、どこまで面白がれるか?

一見すると、本書は「未来予測」や「技術ユートピア論」であるかのように思われるが、著者は何度も「未来のことはわからない」と述べており、それはそうした印象を明確に否定するものだと受け取れる。

本書の訳者である山形浩生氏はあとがきにおいて、本書の大きな論点に「おもしろがる能力を持つこと」があることを指摘している。

著者が繰り返し主張しているのは、激変の時代に生まれてくる多様な可能性をどうやって現実のものとするかということ。「9つの原理」はそのためのガイドラインだといってもいいだろう。

本書では、数々の最新技術やイノベーションの現場に関する話が出てくる。その中には収益性や経済効率についての話もあるが、注目すべきは、その技術やイノベーションが起こる原理や作用の方にあるだろう。技術や社会変化をもたらす物事への「おもしろさ」や「可能性」に対して旺盛な知的好奇心を発揮できる読者には、この上なく興味深い一冊である。

(ライター/大村佑介)