いつだってお嬢様だったココ。不思議な気品にあふれた子でした

 東大なんて、受験はもちろん学園祭にすら行ったことはありませんでした。初めて訪れたのは12年前のこと。ココの診察のためでした。今回はちょっと悲しい、猫とのお別れの話題です。

(末尾に写真特集があります)

朝は「お父さん起床の儀」から

 当時は犬1匹・猫5匹。動物王国の朝は、まず猫たちが日替わりで夫を起こす「儀式」から始まりました。

 女帝・ココは自分が手を下すようなことはしません。黙って見ています。ココの兄猫クリスは、ウニャウニャいいながら、夫のおなかの上で地団太を踏みます。

 ココにそっくりな女の子・ユーリはなかなか強烈です。柔らかな前脚でぽんぽん、と口のあたりをたたきます。どうやら彼女の「なにか食べたい」の意思表示は口元を触ることだったようです。次第に強くなり、ついには唇や鼻の穴に爪をひっかけて…ギギギ!と引っ張るのです。夫は一発で起きます。

 コギャルのディーナはもっと凶暴です。寝ている脇の高さ1.2mほどの整理ダンスからおなかめがけてダイブ!夫がぼやきました。

コギャル、台風娘、いろんなあだ名で呼ばれていたディーナさん。ビビリんぼの怒りんぼでした

「一回、やつが飛ぶ前に目が合ったことがあるんだよ」
「それで?」
「あいつ、ニヤッと笑ったんだよ!」

 んなバカな(笑)。

台所からバタン!と音が

 そんなある朝。台所からバタン!と何かが倒れる音がしました。続けてバタッ!バタッ! 鳴りやみません。誰かが取っ組み合いでもしてるのかと思って見にいくと、なんとココがのたうち回っているではありませんか!

「ココ?!」

 慌てて駆け寄りますが、なすすべがありません。「てんかん」です。すごく長く感じましたが、時間にしたらほんの30秒から1分(のちに計ったのでわかりました)

 おさまった次の瞬間、「わーーーう!わーーーーぅぅぅーー…」と聞いたこともないようなうなり声をあげます。

「ココ!どうしたの?!大丈夫だよ、落ち着いて!」

 抱きしめると、びっくりしたような顔でぼうぜんと見つめ返してきます。気づくと体がぬれています。失禁したのです。急いでココの体と床をきれいにし、動物病院に電話をしました。

女帝「ココ」大学病院のアイドルに

「脳になんらかの問題が起きているのは間違いないでしょう。うちでは検査に限界があるから、大学病院に紹介状を書きます」。かかりつけの先生に手配してもらい、ココを東大病院へ連れて行くことになりました。

 その後も2〜3日に1回、てんかん発作を起こすようになっていました。私は発作が起きた時刻、続いた時間を記録し、携帯(ガラケー)で動画を撮影しました。発作の頻度が上がったり、時間が長くなったりしたらどうしよう。そのまま死んじゃったりしたらどうしよう…。泣きたい気分のまま、数日が過ぎました。

パソコンのキーボードの上が大好きだったココ。何度エラーを起こされたことか…!

 予約の日。ココを連れて、東大の赤門をくぐりました。広い待合室にはたくさんの患者さんが来ています。どの子も町のお医者さんでは手に負えない重篤な状態なんだ。そう思うと胸が締め付けられるようでした。

 当猫のココはのんきなものです。きゃしゃな子ですが、肝のすわったところがありました。キャリーの中で香箱を組んでいます。隣に猫の患者さんが来たら、フンフンとにおいをかいでごあいさつ。

(どうなさったの?どこかお悪いの?)

 気遣うそぶりを見せます。

「ココちゃん、あんたもどこかお悪いのよ」

 しばらく入院して、もっと詳しく検査してもらうことになりました。数日後、検査結果を聞きに再び病院を訪れると…

 診察室に通され、ココはおらず、私たちだけが説明を受けました。CTなどの結果、やはり脳内で神経伝達物質がうまく受け渡せない状態にあるとわかりました。あとは家で投薬治療。2週間後にまた検査。

「じゃあ、連れてきますね。お待ちください」

 開けっ放しの奥のドアから、廊下が見えます。先生がキャリーにココを入れて、こちらへ歩いてきます。すると…すれ違うスタッフさんたちが、キャリーを見て声をかけていくのです。

「あら、ココちゃん、退院?よかったね」
「おー。ココちゃん。元気でな」

 これには飼い主のこっちがびっくりです。

いつも一緒だったクリス(左)とココ(右)。顔は似ているような・似てないような…?ココのほうが少し色が薄く、小柄でした

「ココはみなさんに可愛がっていただいたんですね?」

「ココちゃんは、とにかく優等生なんです。採血もレントゲンも、暴れたことなんて一度もない。ご飯をあげに行くと、うれしそうに手に頭をこすりつけてくれたりして。インターンはみんな、ココちゃんのお世話に立候補して大変だったんですよ」

 その後ココは、2年ほどがんばりました。薬がきいたのか、それ以来ほとんど発作も起こらず。相変わらず女帝として君臨し続け、腎臓病を患い、皮下輸液や療法食、投薬を続け、最後は私のひざの上で亡くなりました。亡くなる数十分前、私の手から大好物のおかかを食べ(その際、がっつり私の指をかんで傷跡を残し)。16歳、最期まで気高いお嬢様でした。