「私の両親が体調を崩し入院、それまで飼っていた動物の面倒を見ることができなくなりました。それで、私と夫と私たちの犬1匹と、その家(実家)に引っ越すことになったんです」

 福岡市の都心部に暮らしていたゆき子さん(60歳)は、同市内の自然豊かなエリアへ移ることに。そのご両親が愛していたのが、元保護犬のロンと元捨て猫のキジ。特にロンは、その時点で18歳という“長寿犬”だった――。

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散歩の時間が距離を縮めてくれた

「ロンはとにかく体に触られるのを嫌がる子でした。両親がブラッシングやシャンプーをあまりしていなかったこともあって、最初は触れ合うことができず、心を開いてもらうにはどうしたらいいのかと考えあぐねていたんです」

老犬と花畑

 ロンからすれば、飼い主がいなくなった上に、突然知らない人々が現れたのだから、警戒していたのだろう。そんなロンの心を溶かしていったのが、日々のお散歩だった。

「『とにかく散歩が好き』と両親から聞いていたので、毎日朝夕1回ずつ、1時間ほど散歩に出かけました。歩き出すと目がキラキラと輝くのを見て、あとはもうひたすら、一緒にお散歩、お散歩(笑)。私たちが連れてきたポメラニアンのポンが社交的だったことも功を奏し、ロンは少しずつ心を開いてくれました」

 あらためて長寿の秘訣を伺ってみると、ゆき子さんはこう答える。

「やっぱりお散歩でしょうね。あとは、気ままに暮らすこと。昼間はリードにつながず、お庭を自由にうろうろして、好きな場所でお昼寝をしたり、人が通ったらワンと吠えてみたり」

 さらにもうひとつ大事なこと。それが腹八分のごはんだ。

「好き嫌いのある子だったので、ドッグフードはつねに数種類をそろえておき、ローテーションさせることで、飽きないように工夫していました」

老犬

再びしっかりと歩くまで

 そんなロンの体調に異変が起きたのは、亡くなる1年前のことだった。

「突然の発作で急に立ち上がれなくなってしまったんです。ウォンウォンと悲しそうに泣くばかりで、ごはんにも手をつけず、それが3日ほど続きました。歩けないという事実に落ち込んでいるのが手にとるようにわかる出来事でした」

 とうとう寝たきりの介護生活が始まる……。そう覚悟しながら知り合いのトレーナーに相談すると、こんな答えが返ってきた。

「とにかく生活のリズムを今までどおりに整えてあげてください」

 そこでゆき子さんは、アウトドア用品のカートを購入。ロンを乗せて、ポンも一緒に、今までと同じ時間帯に散歩に出かけた。そして散歩の先で、日々リハビリを続けたのだ。

「すると1カ月で立ち上がることができるようになり、最終的に歩けるようになりました。それから22歳の天寿を全うするまで、しっかり自分の足で歩き続けたんです」

ご長寿犬の表彰状

長寿犬を腕の中で看取る

 ロンの笑顔が再び曇るようになったのは、亡くなる20日ほど前のことだった。

「食事のたびにお腹がグルグルと音を立てるようになって、苦しむ状況が続きました。ロンは持病もないし、お医者さんもこんな長寿の犬を診たことがないから、診断に迷うんですよね。おそらくもう内臓が食べ物を受け入れない状態になっていたのだと思います」

 それから数日後のある晩、ゆき子さんは自分をじーっと見つめてくるロンの表情をよく覚えている。

「『今までありがとう』と語っているのがよくわかりました。それで私も『とうとうお別れがくる』と悟ったんです。『何かあったらすぐに呼んでね』と伝えて、ロンが寝ている玄関で、私も一緒に眠りました」

 朝3時、ロンがワワワンと鳴いた。

「うんちが出たのを教えてくれました。『また何かあったら呼んでね』と伝えて、再び眠りにつきました」

 ワワワン。ロンが再び鳴いたのは朝5時だった。

「苦しそうにしていたので抱っこをしたら、安心した顔をして。そのあと私の胸の中でゆっくりと息を引き取りました」

老犬

表情で気持ちを伝え合う

 最初は体に触れられることすら拒んだロン。「それが最終的には会話までできるようになっていたんですよね」とゆき子さんは笑う。

「表情でロンの気持ちがわかるようになっていたので、最期の日々はずっとおしゃべりをしていました。特にカートに乗ったときのご機嫌ぶりと言ったら。空を見上げ、風の匂いを嗅いで、すっきりした顔でニコニコと笑ってくれる。ああ、この表情をずっと見ていたい。そう思わせてくれる笑顔でした」

 ポメラニアンのポンは、ロンが亡くなって少しの間、その姿を探し続けていたと言う。

「今も時折、ロンの寝る場所だった玄関に向かって吠えることがあります。そんなときは、『ああ、今ロンが来ているんだね』なんて話をするんですよ」

 享年22歳という奇跡。旅立ってなお、ロンはゆき子さんの胸に温かな気持ちを灯し続けてくれている。