プーさんは親友

 イラストレーターの竹脇さんが育った奥深い住宅地。この場所で日々繰り広げられていた、たくさんの猫たちと犬たちの物語をつづります。たまにリスやもぐらも登場するかも。

(末尾に絵本と写真特集があります)

私の「お父さん猫」

 子猫や子犬から一緒に暮らし始めると、最初は娘や息子のように思って接しているのに、いつしか彼らがお父さんやお母さんになっていることがある。

 私には何匹かそういう「お父さん猫」がいて、初代はトラ、次がプリン、そしてダーリンと続いた。いつまでたっても赤ちゃんのような猫ももちろんいるので、その猫の持つ性格なのだと思う一方で、その時の私の気持ちに猫が寄り添ってくれているようにも思う。

 プリンは雨の日に、家の裏の空き地でミーミー鳴いているのを保護した。30年以上前の住宅地はわりとゆるやかで、しかも猫好きの子として近所ではちょっと名の知れていた私は、「しゅたっ」と空き地に降り立って猫を保護するくらいは目をつぶってもらえていた。

勝手に侵入してごめんなさい

 ザーザーと雨の降る中、あたりは真っ暗で、ずぶぬれになりながら草むらの中からグレーの子猫見つけ出せたのは、あの時の私の執念だったんだろうなと思う。でも見つけた時の喜びと、大きなキトンブルーの瞳でまっすぐに私を見つめ返した子猫に、何もかも吹き飛ぶくらい幸せな気持ちになった。

ふたりともずぶぬれだけど、もう大丈夫!

プリンがいてくれれば大丈夫

 さて、そんなこんなでその愛らしいキジ猫をプリンと名付け、下にも置かないくらい溺愛(できあい)して育てたにもかかわらず、プリンはとても凜々しくて穏やかで性格の良い男の子に成長した。子猫が来れば優しく面倒を見るし、私が泣けばいつまでもじっと側にいてくれた。だからプリンは可愛い子猫時代より、私が「プーさん、プーさん」と慕っていた記憶が圧倒的に濃い。

 プリンが青年の時期、私はちょうど思春期で、自分の抱えている問題を忘れられるのはプーさんといる時だけだった。親とけんかしても、学校で嫌なことがあっても、プリンがいてくれれば大丈夫。だって、プリンがいてくれるもん。そんな風にプリンに頼っていた。

 プリンは知的で穏やかな瞳でまっすぐに私を見つめ、話を聞き、そして私と一緒に眠ってくれた。

 他の猫たちは猫同士で遊んだり眠ったりしていると、どんなに私と仲良しでも「そうだ、猫だった」、と思い出せるのに、プリンは「おとうさん」とか「おにいちゃん」という目でしか見ていなかった。

 そんなにもプリンを愛していたのに、プリンが16歳くらいの時、私は家を出て独立した。

猫が優先順位の絶対1位な理由

 実家を出る直前まで、毎晩毎晩プリンに相談して、プリンと離れることが辛くてひたすら泣いた。自分勝手な決断だし、実家を出ないという選択肢だってあった。でも、結局私はプリンを置いて実家を出ることになった。

離れたくないよ

 とは言え、新しい家は自転車で片道20分の距離。毎晩実家に帰ってプリンと眠り、朝早く新しい家に帰り、そこから会社に行くという日が続いた。プリンは実家に帰るたびに一緒の布団で眠ってくれたが、私はだんだん新しい家で過ごす時間が増えていった。

 母がプリンをとても大事にしてくれたおかげで(他の猫や犬たちだってもちろん全員とても大事にしてくれていた)、プリンは22歳まで生きた。母と私と大勢の猫たちに囲まれ、みんなから愛されたプリンらしい立派な大往生だった。

 でも。

 私はプリンを置いて家を出た十字架をずっと背負っている。この気持ちがあるから、私はその後ひとりで猫を飼うことになってから、ずっと猫が優先順位の絶対1位だ。外出は極端に少ないし、帰宅時は乗り物に乗っていない時はいつも走っている。

 もう、とにかく猫と1秒でも多く一緒にいたいのだ。

私が育てたみなさんの心の声

 もしかしたら、いや確実に、猫たちは私が外出している間、それはそれで楽しくてのんびりとした穏やかな時間を過ごしていると思う。それについては百も承知なのに。

 いつかプーさんの胸のうちを聞くことができた時、私のこの習性は治るかもしれないけれど、それってちょっと「時すでに遅し」ですよね。

【前の回】

「シロタ」に「オイデ」 猫に名前をつけると宇宙でたった一つのすてきな生命体になる