韓国時代劇『イ・サン』や映画『王の涙−イ・サンの決断−』の主人公として有名な正祖(チョンジョ)。王になる前から何度も命の危機にさらされた彼は、どんな人生を歩んだのだろうか。

その背景を見てみよう。

幼少時に受けたトラウマ

朝鮮王朝21代王・英祖(ヨンジョ)の息子である荘献(チャンホン)。聡明だった彼は世子となるが、その際に政治を批判したことにより、重臣たちを敵に回してしまう。

その後、重臣や荘献の親族たちの策略で父親と険悪な関係になった。度重なる悪評を聞いた英祖は、息子に自害を命ずる。

しかし、いつまで経っても自害しようとしないため、しびれを切らした王は、荘献を米びつに閉じ込めてしまう。

荘献の息子である祘(サン)は、必死で「父親を助けてほしい」と懇願するが、英祖はその願いを受け入れなかった。結局、荘献は世子という立場でありながら、米びつの中で餓死するという悲惨な最期を遂げた。

幼かった祘は、父親を陥れた者たちに対して復讐心を抱いた。

世子だった荘献が亡くなったことで、英祖が新たな後継者として祘を指名する。立派な後継者にするために英祖は様々な教育を施すが、荘献を陥れた者たちからしてみれば、それは望ましいことではなかった。

祘が王になれば、自分たちが報復されることがわかっていたからだ。そのため、彼らは刺客を放って、祘の命を何度も狙った。

かなり用心深かった祘は、寝るときも着がえなかったそうだ。

正祖が行なった報復

1776年に英祖が世を去り、荘献の息子である祘が後を継いで22代王・正祖として即位した。(つづく)

(文=康 大地/カン・ダイチ)