暴君と呼ばれた10代王・燕山君(ヨンサングン)の側室の1人だった張緑水(チャン・ノクス)。

彼女は「朝鮮王朝3大悪女」の1人で、燕山君の傍若無人な振る舞いを助長した人物だ。そんな彼女の生涯を見ていこう。

妓生(キーセン)としての生活

張緑水は、幼少期にとても貧しい生活を送っていたが、9代王・成宗(ソンジョン)の従兄弟に当たる斉安大君(チェアンデグン)の臣下の妻となった。

彼との間に息子まで産むのだが、しばらくして別れてしまう。

その後、底辺の身分から抜け出すために、張緑水は結婚している間に学んだ歌と踊りを生かして妓生となる。

政治に興味を持っていなかった斉安大君は、自宅に妓生を呼んで歌舞を楽しむ生活をしていた。さらに彼は、妓生に歌や踊りを教えていて、何人もの妓生を育てたといわれている。

そのため張緑水は、斉安大君の下で妓生として働いていたと思われる。

燕山君と張緑水の関係を取り持ったのは、斉安大君だった。すでに暴君として君臨していた燕山君は、自宅を訪ねてきた斉安大君と一緒にいた張緑水を、一目見て気に入った。

臣下たちは「会ったばかりの見知らぬ女性を宮中に入れてはなりません」と反対するが、燕山君はそうした意見をすべて無視して、10歳年上の張緑水を側室として迎え入れた。

張緑水の策略

暴君と呼ばれ、誰からも恐れられていた燕山君。そんな彼に対して、張緑水は子供をあやすように接する。

幼いころに母親を亡くした燕山君にとって、張緑水は母性を感じさせてくれる存在だったに違いない。彼女は妓生時代の多くの男性遍歴で、観察力を培っていた。

張緑水はかなり嫉妬深く、燕山君の寵愛を受けていた2人の側室に嫉妬するが、相手も同じく張緑水に対して嫉妬心を抱いていた。そんな状況が宮中に“ある事件”を巻き起こす。

1504年、張緑水は「2人の側室が、私の部屋に王を非難する文章を送ってきました」と報告する。

それを聞いた燕山君は、2人の側室の家族をすべて捕えて拷問にかけた。しかし、誰1人自白しようとしないので、彼女たちの家族を全員処刑してしまう。さらに燕山君は、彼女たちの近い親戚を島流しに処したのである。

この事件で、燕山君は張緑水の言葉を疑うことなく信じたが、周りの者たちは「これは張緑水が相手を嫉妬して行った策略に違いない」と思っていた。

張緑水に起こった悲劇

王である燕山君の心を独占した張緑水の行為は、どんどん激化していく。それを示すこんな逸話がある。

燕山君が多くの妓生を呼んで酒宴を開いたが、1人の妓生が張緑水のチマ(スカート)を踏んでしまうという事件が起きた。

それを知った燕山君は、その妓生の首を容赦なくはねたのである。

燕山君は、張緑水の頼みを断ることなく、すべてを受け入れた。たとえ、どんなに怒っていたとしても、張緑水の顔を見れば笑顔を見せるほど、燕山君は彼女に心を奪われていた。

王の心をつかんだ張緑水は、幸せな日々を送っていたと思う。しかし、それも長続きしなかった。

1506年、燕山君が異母弟の起こしたクーデター「中宗反正(チュンジョンパンジョン)」により、廃位となってしまう。そのため張緑水も王をたぶらかした罪で斬首に処され、その遺体は人々にさらされた。

多くの人々は、今まで苦しめられた恨みから、張緑水の遺体に向かって石を投げ続けた。

(文=康 大地/コウ・ダイチ)