朝鮮王朝518年の歴史の中で計8回、王の母による代理政治である「垂簾聴政」(スリョムチョンジョン)が行なわれた。

13代王・明宗(ミョンジョン)の母親である文定(ムンジョン)王后も、それを行なった1人だ。そんな彼女を陰で支えた人物がいる。

それが、「朝鮮王朝3大悪女」の1人に数えられる鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)だ。波乱に満ちた鄭蘭貞の生涯を順に辿ってみよう。

厳しい境遇が“悪女”を生んだ

「朝鮮王朝3大悪女」の1人として知られる鄭蘭貞は、役人の父と賤民(チョンミン)の妾だった母親から生まれた。

当時の朝鮮王朝では、賤民の子は生まれながらに賤民であり、幼少期は辛い生活だった。

鄭蘭貞は低い身分から抜け出すために、権力のある男性と結婚して、辛い境遇の改善を夢見ていた。こうして、鄭蘭貞は出世しそうな人物を探すために、妓生(キーセン)になった。

優れた容姿をもっていた彼女はすぐに評判となり、自分を求めてくる客の相手をしながら、目当ての男性を探し続けた。そこで出会ったのが、尹元衡(ユン・ウォニョン)だ。

尹元衡は、11代王・中宗(チュンジョン)の3番目の王妃である文定王后の弟で、姉の後押しを受けて高官に上りつめた人物だ。彼は、一目で鄭蘭貞の美貌の虜となった。

鄭蘭貞の暗躍

その後、鄭蘭貞はもくろみ通りに尹元衡の妾になることができたが、彼女は妾のままで終わろうとは考えていない。

彼女はさらなる飛躍を求めたのだ。

さらなる立場を欲した鄭蘭貞は、文定王后に取り入ろうと画策。文定王后の代わりに汚れ役になる決意を固めた。

鄭蘭貞が目を付けたのが、文定王后最大の悩みである王位継承問題への介入だった。(つづく)

(文=康 大地/カン・ダイチ)