今年も残すところあと2週間。本稿では、2021年のサッカー界における名場面を『サッカーダイジェストWeb』のヒット記事で振り返る。今回は、世界中に衝撃を与えたリオネル・メッシのバルセロナ退団の話題をピックアップ。いったいなぜ、生涯ワンクラブマンと信じて疑われなかった34歳は、"第ニの故郷"を離れることとなったのか……。

記事初掲載:2021年8月8日

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『メッシ、バルセロナを退団』

 このニュースは瞬くうちに世界を駆けめぐり、多くの人を驚かせた。しかし、何よりも驚いたのはリオネル・メッシ本人だったかもしれない。

 8月5日、メッシとバルセロナは再び契約を結び直すはずだった。チームからはすでにOKをもらっており、彼の代理人を務める父のホルヘ氏は午後には契約に赴く予定だった。しかしそこにもたらされたのが、契約できないというバルサからの連絡だった。クラブはその理由を「ラ・リーガの規定が障害となった」と説明した。

 皆さんはフェアプレーという言葉をご存じだろう。FIFAは20年前からこの言葉をスローガンに掲げ出した。当時は八百長などのないきれいな試合、暴力的でないプレーなどに対して使われてきたが、ここ10年近くはそれを財政面にでも使うようになった。それがファイナンシャルフェアプレーだ。

 これは、平たく言えば、クラブの支出が総収入より必ず下回るようにするという規定だ。クラブの慢性的な赤字経営を憂いてという建前だが、本音は別なところにある。最近のサッカー界では、過去100年間に見られなかったような現象が起きてきている。

 チームを投資先と見なし、アラブやロシアの富豪、チャイナマネーなどがどんどん流入してきている。莫大な資金のあるチームは、もちろん多くの一流選手を買いあさる。

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 こうして各国リーグでは、いつも同じ顔ぶれのクラブばかりが勝利を繰り返すようになってきた。同じチームばかりが勝っては、リーグの魅力は半減する。そこで設けられたこのファイナンシャルフェアプレーは、金持ちチームから力を削ぐための政策なのだ。FIFA、UEFA共に規制を掲げているが、ラ・リーガはそれ以上に厳しい規制を設けている。例えば2020-2021シーズン、バルセロナの収入は6億ドル(約660億円)が総収入だったが、それに対しチームが使うことが許される金額は4億900万ドル(約450億円)だった。

 こうしてバルサにとってメッシの高い年俸は大きな障害となった。2026年まで1億6500万ユーロ(約206億円)の契約更新はバルセロナには払えない金額だ。そこでメッシは一度バルセロナを退団し、今までの約半額の年俸で新たに契約をすることで合意に至っていた。

 またメッシを保持するために多くの選手が放出された。しかしここで待ったをかけてきたのがラ・リーガだった。この金額でも既定を上回っていて許可することはできないというのだ。これはバルセロナにとっても驚きだった。なぜならラ・リーガがそう告げてきたのは、契約を交わす当日で、それまではなんのお咎めもなかったのである。なぜそんなことになったのか。そこにはラ・リーガとバルセロナの泥沼の戦いがある。

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 ラ・リーガはこの水曜日、CVCキャプタルパートナーズという投資ファンドと契約を結んだ。今後ラ・リーガのイメージを使った事業やスポンサー探し、IT戦略、放映権事業などを共に行なっていくという。CVCはそのために30億ユーロをラ・リーガに投資し、そのうちの90%の27億ユーロはラ・リーガが所属するチームで分配するということだ。

 ただしラ・リーガとCVCは合意したものの、各クラブチームはまだこれにサインしていない。そしてレアル・マドリーとバルセロナがこれに対し、ノーを突き付けたのだ。

「クラブチーム側に十分な説明がないままラ・リーガが勝手に先走った。我々はこんな曖昧な話には乗らない」

 また契約期間が今後50年というのも「あまりに長く馬鹿げている」と拒絶している。それに対しラ・リーガのハビエル・テベス会長の自身のTwitterでバルセロナのジョアン・ラポルタ会長を名指しで、非難している。まさに両社は戦闘態勢だ。メッシ関連の通告をわざと遅らせたのも、意趣返しの一つと思われる。
 
 話が少しそれてしまったが、なにより気になるのはメッシの行先だろう。これに対しては、様々はうわさが飛びかっているが、まだはっきりしたものは何もない。マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督は「ジャック・グリーリッシュを獲得したためメッシを獲得する気はない」と言ったというが、それも今後変わる可能性はある。

 パリ・サンジェルマンのオーナーでありカタール首長のアル・タニ氏が「交渉は終わった」と発表し、あたかもメッシの行先はパリSGのように言われているが、友人のバルセロナ番の記者によると、メッシはいまだショックを隠せずバルセロナの家に引きこもったままだという。即座に気持ちを切り替えて交渉の席につけるかは分からない。

 それに何より「バルサがダメなら次のチーム」とさっさと移籍を決めれば、彼をこれまで愛し続けたサポーターたちは傷つき、怒るだろう。

 急ぐ必要はない。移籍市場は8月31にまで開いている。ゆっくり行き先を吟味することができる。パリSGやマンチェスター・シティの他にも、マイアミのデイビッド・ベッカムも彼にラブコールを送っているし、彼がサッカーを始めたアルゼンチンのニューウェルズもダメもとでオファーを出している。

 まずありえないがひそかにマドリーが打診しているという話もきく。しかし――私にはもう一つ可能性が高いと思っているチームがある。それは他でもないバルセロナだ。
 メッシほどの選手になれば、金額だけがすべてではない。バルサは、彼が13歳から20年近くを過ごしたチームだ。ここで彼は世界一の選手へと成長し、多くの物を勝ち取った。また子供たちも皆この町で生まれ、育っている。友人も多く、いくつもの不動産も持ち、まぎれもない第二の故郷だろう。

 そして何より彼はチームの旗印となるスーパースターだ。かつては一つのチームから決して動かないシンボル的選手は数多くいたが、今はそうした選手生活を1チームのみに捧げることは非常に難しい。その稀有な存在の一人なのだ。

 キャリアの終わり近くにその栄誉を汚したくはないだろう。アンドレス・イニエスタも「カンプノウで別なチームのユニホームを着て立つメッシを見るのは悲しい」と言っている。そのため前回の合意以上の年俸削減の提案もあるかもしれない。
 
 ただメッシが残るには、それだけでは不十分だ、彼がたとえ無報酬でプレーすることをOKしたとしても、何人かの主力を放出する必要がある。それは、強いチームを望んできたメッシの希望とはかけ離れてしまう。いま、バルサはそれを避けるための方法を模索している。

 8月7日、ユベントスとマドリーの会長がバルセロナを訪れた。ビジネスの話だというが、そこでビッグチームの首を絞めるファイナンシャルフェアプレーへの対抗策やメッシの話が出ない方が不自然だろう。

 メッシはそんなバルサに時間を与えようとするのではないか。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。