2021年11月19日の朝。中村憲剛の携帯に着信が入った。電話の主は大久保嘉人である。

 川崎時代からの盟友とは、普段はLINEで連絡を取り合うことが多い。電話がかかってくるのは珍しい。それもこの時期だ。中村には直感めいたものがあった。

「今年限りで引退する」

 中村は自分の予想が当たっていたこと、そして大久保の清々しいような報告に驚きはなかった。どんな場所でも全力を尽くし、批判されても己の信じた道を歩み続けてきた大久保嘉人という男の生き様を長い時間、見てきたからである。彼の想い、苦労を人一倍、理解している。だからこそ口をついたのは「おつかれさま」というシンプルな労いの言葉だった。

 その場で深い話をしたわけではない。1年早く現役を引退していた中村が大久保に少しのアドバイスを送ったのみで、電話は切られた。互いの胸の内は分かっている。ふたりらしいやり取りであった。

 それでも11月27日、C大阪のホーム最終戦で行なわれた大久保の引退セレモニーを画面越しに見ていた中村は熱い想いを止められずにいた。人知れずに流した涙。川崎時代には抜群のコンビネーションを誇り、その後も固い絆で結ばれたふたりだからこそ、今語れることがあるはずだ。大久保嘉人の引退から数日が経ったタイミングで実現した特別対談をお届けしよう。

――◆――◆――

――今回はリモートとなりますが貴重な機会をありがとうございます。年齢ではふたつ上の憲剛さんは2020年シーズン限りで引退。そして2021年シーズン限りでの引退を決めた嘉人さんは、発表の数日前に電話で憲剛さんに報告をしたそうですね。

大久保 そうです、憲剛さんにはしっかり伝えなくちゃと。

中村 僕は着信を見て、滅多に電話はかかってこないから、なんとなく分かっていました。だから「おつかれさま」という言葉が自然と出てきましたね。「まだやれるよ」というフレーズは出てこなかったんです。十分にやり切ったと分かっていたから。それに去年、僕が引退を嘉人に伝えた時に、嘉人も辞める気でいた。でも「ここでは終われないでしょ。まだ辞めちゃダメだよ」という話をして、セレッソで1年(2021年に東京Vから高卒でプロ生活をスタートさせたC大阪へ移籍)、本当に頑張ったと思う。その姿を見ていたので、「うん、もう、よくやったよ」と、そういう気持ちでした。

大久保 いや本当……、よくやりましたよね(笑)。辞めてから、その気持ちはより強くなりました(笑)。

中村 そうだよね(笑)。だから今はスッキリしている?

大久保 もうスッキリ(笑)。

中村 でも引退した実感はまだないでしょ?

大久保 いや、その通りで(笑)。もう少ししたら感じるのかな……。

中村 年が明けて、周りの選手が動き出したら感じるかもね。でもそこまでには自分も整理はついているはず。意外と寂しくないというのが、実体験かな。引退してすぐはいつものシーズンオフに入る感覚だけど、これからは始まりを気にしなくて良いからね。今はそんな感じなんじゃないかな。ただ2021年に向けて嘉人は初めてトレーナーの方についてもらって例年以上に身体を仕上げていたでしょ。オフの間に「こんなに上げたことはなかった」と話していたしね。その時点で覚悟を決めていたのかなと感じていたよ。あとは橙利くん(大久保の三男)を連れていったこともね(編集部・注/C大阪移籍に際して大久保は当初、単身赴任を決めていたが、4兄弟の三男、橙利君の希望もあって大阪でふたり暮らしをすることに)。先日、書籍(『俺は主夫。職業、現役Jリーガー』)も出版したしね(笑)。

大久保 いやー本当、最後の1年は濃かった。もう色々あって。でもその1年があったからこそ引退を決意できたっていうのもあって。
――引退を決めたのは昨年の11月に入ってからだとか。

大久保 そうです、決めたのは11月16日。丁度、その4日後にはフロンターレ戦が迫っていたので、そのタイミングで発表をしたくて。それで報告させてもらったという形でした。一度、発表をすれば、もうあとはやり切るだけだったので。

中村 分かるわ、発表したら、もう後に引けないからね(笑)。

――引退を発表するには迷いはなかったですか?

大久保 もう“スパン!!”という感じでしたね。そこは早かったです。

中村 ただ、そこに関しては辿り着くまでに数年、悩んでいたと思う。決めたのはその数日だろうけど、何年もかけて行き着いた答えなんだろうなとは僕は感じていて。

大久保 その通りで、ここ数年は「もう辞めよう」「いや、やっぱりやろう」という繰り返しで。波があったのが正直な心情で、それで行き着いた答だからこそ、今回はスパンと決断できたという感覚かな。
――実際に引退を決めた大きなキッカケはあったんですか? 前人未到のJ1通算200ゴールまではあと9点に迫っていました。

大久保 なんだろう……。車で練習から帰っている時にふと思ったんですよね。シーズンもあと少しで終わるタイミングで、来年のことが考えられなくて。これまで通り厳しいトレーニングを積んで来年1年を戦い抜くイメージが全然、沸かなかったんです。それで「よし、今だな」と。相談は誰にもしなかったですね。自分のなかで決めて、それで奥さんにまず伝えて、周りに報告しました。

中村 先ほども話しましたが、嘉人が悩んでいるのは見ていて分かったし、それはプレーやコメントを通じても伝わってきた。僕は勝手に、しっかり引退するために1年、古巣のセレッソのために頑張ったんだなと考えていて。それに辞める決断は自分にしかできない。加えて大久保家は元々そうですから(笑)。嘉人が決めたことを奥様の莉瑛ちゃんが支えていくという。だからこそ僕はこれは言いたいんです。「莉瑛ちゃん、本当におつかれさまでした」と。「大久保嘉人、おつかれさま」もそうなんですが、それ以上に家族の支えがあってこその大久保嘉人だから。

大久保 まさに、その通りです。

中村 だからもうね、セレッソのホーム最終戦の引退セレモニーで、莉瑛ちゃんが泣きながら花束を渡していて、嘉人も大泣きで……。それを見た俺も大泣きでしたよ(泣き笑い)。これまでも多くの選手の引退セレモニーでグッときながら、涙は我慢していたけど、今回の光景を目にしたら、今までの思い出もよみがえって、泣かずにはいられなかった。あれはダメよ(笑)。いや、本当に莉瑛ちゃんはすごい人なんですよ。先ほども言いましたが、彼女がいなければ今の大久保嘉人はいないですから。

大久保 自分以上にここまでの道のりは妻のほうが大変だったと思いますよね。だから本当に感謝しかない。

中村 それに橙利くんとふたり暮らしをしたからこそ、奥様の偉大さを改めて感じたでしょ?

大久保 そうそう。家事はこんなに大変なんだとか、かなり、ありがたさを分かったよね。でも、ふたりでの生活も慣れれば面白くて。一緒にご飯を食べて、勉強もやって。「とにかく空欄じゃなく解答欄を埋めろ」とかアドバイスをしたりしてね(笑)。思い返しても楽しいほうが強かったな。
 
――電話ではそこまで長く話さなかったと言っていましたが、その後、「嘉人、お疲れ様。よく頑張りました。一緒にプレーできて最高に楽しかった」など、憲剛さんからの熱いツイッターでのメッセージもありました。

中村 嘉人に向けてなんて言葉を綴ろうか、ちょっとドキドキして。これだけ偉大なプレーヤーで、リスペクトは大きいので。

大久保 メッセージはもちろん見させていただきました。ケンゴさんらしい言葉だなと。やっぱり感動しますよね。

中村 僕が引退をする時も嘉人がツイッターでメッセージをくれて。やっぱりひとりのサッカーファンとしても、大久保嘉人の功績を少しでも伝えたいという想いはありましたよね。ここまでの“楽しい選手”はなかなかいないですから。
――改めて“大久保嘉人の凄さ”はどうでしょうか?

中村 サッカー選手としてすべてを兼ね備えていました。僕も含めてどこか不足がある選手のほうが多いと思うんですが、嘉人はどのポジションでもできるはず。例えばSBを頼まれてもこなせるだろうし、ボランチでゲームを作ることもできる。そんなFWいないですよ。それこそサッカーをやるために生まれてきたというか、必要な要素をすべて持っている。IQ、技術力も高い。イマジネーションを実現できるフィジカル、身体のキレもある。本当になかなかいない選手。それは国見高校時代から感じていて、(2010年のワールドカップなどで)代表で一緒にやってさらに想いを強くしましたが、(2013年に)フロンターレでチームメイトになってからより実感しましたね。勘が良いというか、「頭の良い選手だな」と。
 
――ベタ褒めです。

中村 そりゃそうですよ。J1で(歴代1位の)191ゴールを奪ってきた選手ですから。

大久保 でも憲剛さんにそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいな。

中村 でも最近は引退したこともあって、褒められることも多いでしょ?

大久保 そうそう、ビックリした。いつものように文句を言われることが一切ないから(笑)。

中村 これまでは対戦相手として憎いっていうのもあったかもしれないしね。

大久保 俺、死んだのかなと勘違いするほど、褒めてもらうことばかりで(笑)。ここまで反応が違うかと。めちゃくちゃ気持ち良いです(笑)。だから寂しくなくて、今はボールにも触ってない。

中村 そうだよね。それにこれからは真剣なトレーニングではなくて、ボールを蹴りたくなったら、気軽に蹴ることもできるしね。でも、生活はやっぱり大きく変わるはずだよ。実際、これからの目標はどう描いているの?

大久保 まだ明確には決めていないけど、ありがたいことにテレビなど、仕事をたくさんいただけていて。もしかしたら選手をやっているほうが楽なのかもしれないと思うほど、スケジュールは埋まりつつあります(笑)。

中村 それは楽しみだな。録画してしっかりチェックするよ(笑)。

――憲剛さんの引退会見で語っていたふたりでの歌手デビューはどうしますか?

大久保 憲剛さん、どうする?

中村 今度、一回、しっかり話しましょうよ。実際に進みそうで怖さもあるけど(笑)。

大久保 俺、ボイストレーニングも始めるんですよ。

中村 もう準備しだしちゃってるじゃん(笑)。

大久保 いや、活舌を良くしたいという意味でも(笑)。

中村 解説もやるんでしょ? 嘉人の言葉は聞きたいからね。

大久保 いろいろ、頑張ろうと思います!!

後編に続く。

■プロフィール
なかむら・けんご/1980年10月31日生まれ、東京都出身。川崎一筋を貫いた“バンディエラ”で昨年限りで現役を引退。今年、川崎のフロンターレ・リレーションズ・オーガナイザー(FRO)やJFAロールモデルコーチに就任。育成現場で指導法を学びつつ、多分野で活躍する。

おおくぼ・よしと/1982年6月9日生まれ、福岡県出身。川崎に加入した2013からは前人未到の3年連続でのJ1得点王に輝き、J1では歴代1位の通算191ゴールをマーク。スペインやドイツでもプレーし、国内ではC大阪、神戸、FC東京、磐田、東京Vでも活躍。今季限りでの引退を決めた。

取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)