近年、リーグ全体の反則ポイントが減少傾向にある。ボールの保持を得意とするチームが増えた点がその一因と考えられるが、それとともに原博実Jリーグ副理事長が掲げる「フェアでタフでエキサイティング」なサッカーの呼びかけが、選手やレフェリーに浸透した部分もあるのだろうと考えている。

 本稿は、原副理事長への取材に続く第2弾として、扇谷健司副審判委員長への取材をベースにどういった取り組みが行なわれてきたのか考えてみる。
 
 扇谷健司副審判委員長が現職に就任したのは2020年のこと。当初、VAR導入元年とされていたシーズンを前に扇谷副委員長は、Jリーグ関係者に次の言葉を伝えたという。

「反則じゃないものを反則にするのはやめようっていう所を、まずリーグに伝えました」

 これは扇谷副委員長からの、審判員への戒めの言葉であり、Jリーグ側への呼びかけでもあった。

「2020年に入る前に、J1からJ3までの全部のPKをチェックしました。ちゃんと見ていくと結構な数、言い方は悪いですが、エラーしているよと。つまり、本来取られるべきものが取られてなかったり、取る必要がないものが取られたりというのが現状としてありました」

「反則じゃないものを反則にするのはやめよう」との呼びかけについてはJリーグ側にも賛同してもらえたのだという。この場に出席した原副理事長、黒田卓志フットボール本部長らからは、次のような言葉が出ていたという。

「リーグはリーグでもっと選手が、少しぐらいの反則は受けても……。つまり、選手が反則をもらいにいくとかではなくて、例えばプレミアリーグなどを念頭に、倒れてもすぐ立ち上がって次のプレーに移るとか。そういうサッカーをしたいとの思いがあったんです」

 つまり誤認で吹かれたPKは、レフェリーのミスであるのと同時に、選手側がPKを貰いにいった結果でもあるという認識がJリーグ側にあったのだという。この状態を是正させるべく、フェアでタフでエキサイティングなサッカーへの変貌が議論され、その方向で認識のすり合わせができたのだという。

「リーグとしては原さんを中心に、タフに、倒れてもファウルされても続けるんだということと、我々としては本来、取ってはいけないファウルは、反則じゃないものを反則にするなって言う、両方のメッセージがちょうど合致したというか。そういうところがスタートでした」

 
 審判委員会はシーズン開幕を前に、監督、選手に実際のプレー映像をもとに競技規則を解説するための「レフェリングスタンダード」と呼ばれる映像を独自に制作してきた。この制作過程に、2020年からJリーグの認識を取り入れる、という変革が実行されている。そうやって擦り合わされた認識が、前述の「反則じゃないものは、ファウルにするな、というようなメッセージ」であり、「原さんからのフェアでタフでエキサイティングっていうメッセージ」だった。扇谷副委員長はこのふたつを「競技規則を使いながらどう擦り合わせて、魅力的なサッカーを見せて行くのかを考える立場だった」と振り返る。

 そうやって大きな方向性が定まった2020年、21年シーズンについて、レフェリーはどこまで適応できたのか。

「審判員のレベル感には当然幅がありまして。今度は逆に反則なもの、本来取らなきゃいけないものを取らなくなってしまったというのは、J2、J3で少しありました。もちろん簡単ではないです。ただその(誤審の)幅感は減ってきてますが、まだ少なからずあるのかなと」

 その一方で、クラブサイドも激しさやタフさを受け入れてきているのではないかと扇谷副委員長は話す。

「2020年に原さんからのメッセージをもらい、21年にはベンチマナーを取り上げました。コロナになって声が聞こえるということもあったので。そういった原さんからのメッセージに対し、チームの皆さん、選手の皆さんっていうのは基本的に、それをやろうという意識は高いと思います」

 そうした流れの中、イエローカードに対する認識も変化しているのだという。
 
「何でもかんでもカードを出せばいいってもんじゃないっていうのもありますし、選手の変化もあると思います。例えば今、シュミレーションなんてほとんどないですよ。選手も無駄なカードをもらわないようになってきています」

 それは退場のリスクを避ける傾向が一因にあるのではないかと扇谷副委員長。

「これは推測ですが、例えば出場停止で出られなくなるとか、試合中に10人になってしまうとか、そのようなリスクを考えて試合運びをしてるのかなと思っています」

 審判委員会、Jリーグが取り組んだ意識改革の成果のひとつとして審判を大人数で囲い込んでの抗議が減少したと扇谷副委員長は指摘する。「見苦しいという認識が定着しているのではないか?」との質問に対し「それはリーグを中心に、クラブ、選手の理解はあると思います。試合を見に来たお客さんたちにとってどうか、という視点もあるのだと思います」と話す。

 タフで激しいプレーを選手やクラブが許容し、それと同時にレフェリーがプレーを適切に判定するよう努力する。そうしたお互いの姿勢が、結果的に判定を巡る選手とレフェリーの深刻な対立の減少につながり、それらが総体的に反則ポイントの減少につながっているのではないかとの分析があるようだ。

 結果的に改革は順調に進展しているように思えるが、扇谷副委員長は自身の手柄ではないと話す。

「改革とかは全然思っていなくて。たまたまそういう流れに私がなったのかなと。2018年からVARを準備していて、リーグの方たちとも色々話す機会があった。そういったタイミングがうまくマッチしたのかなと」

 また、2019年には大きな判定ミスもあり、そんな時代背景の中「改革とは思わなかったですけど、我々が実際に何をするかというと、ようは審判に対してもやっぱりメッセージってのは必要だと思ってまして。たまたまタイミング的にそういう、いろんなものが重なって、リーグともいろんな話ができたところかなという風に思っています」と扇谷副委員長は振り返る。
 
 反則ポイントが減少する傾向は良いとして、そのうえで内容を精査する必要があると扇谷副委員長。すなわちラフプレーについては、なくさなければならないものだと語気を強めた。

「レッドカードになるようなラフプレーや著しく不正なプレーを私たちはすごく大きなものとして捉えています。選手生命を失うとか、長期離脱に直結するプレーを減らしたいとすごく思っています。異議とか遅延行為とかシュミレーションとか、そういったものというのは、ほとんどなくなってきてると思うんですけども、やっぱり相手を傷つけるようなプレーをやめようっていうのは今季のスタンダードにもうちょっと明確に加えます」

 クラブも試合もリーグも、まずは選手あってのもの。選手がプレーできるからこそ、サポーターが集い、審判が笛を吹くことができる。ちなみにJ1では、著しく不正なプレーは増えていると扇谷副委員長。

「実は著しく不正なプレーはVARが入った関係でJ1では2020年は2シーン(306試合中)しかなかったんですが21年は8シーン(380試合中)になったんですよ(試合数を補正すると3.2倍)。正しくジャッジできてるっていうことなので、いいことだと思うんですけども、そもそもそういうプレーがなくなってほしいですよね。足の裏ですごい勢いで行くタックルなどですが、本当にそれで長期離脱する選手もいますし。そういったものはなくしたいですよね」

 選手がよりよい環境でプレーすることがいかに大事か。そのためにレフェリーは存在するという姿勢が分かる言葉だった。

 なお、アドバンテージを取って警告が減ることが反則ポイントの低下に影響している可能性は否定できないと扇谷委員長。アドバンテージの回数についてデータとして集計はしていないというが「フェアでタフでエキサイティングだという原さんからのメッセージがありますし、選手の方が、逆になんで続けさせてくんないんだっていうことが多くなってるんだと思うんですよ。そうするとレフェリーとしては、なるべく選手がやりやすい環境を作るというのも大切なものなので。その中で、やっぱりアドバンテージの数が増えるというのは、そうなんじゃないかなと思ったりします」とのことだった。

 アドバンテージについては、イエローカード相当のファールで止められた側のチームがアドバンテージによって攻撃を継続できた場合、攻撃を止めようとファールした選手のイエローカードは消える。ただし「程度が強いもの、ラフプレーに関するものは消えない」ことには留意してほしいと扇谷副委員長は付け加えた。
 最後に、選手とレフェリーの関係性について聞いた。お互いにリスペクトする雰囲気が出始めているのではないかとの質問に対し扇谷副委員長は時代の変化や、レフェリングの流れもあるのではないかと解説する。

「例えばジャッジも時代の流れというものがありまして。我々がJリーグを吹き始めた頃は、例えば遅延行為や異議には厳しくしなさいと言われていました。また迷ったらカードを出しなさいというような指導を受けました。それは世界的にもそうで、ワールドカップやユーロなどでも吹かれていたレスリー・モットラムさんが来日されたんですが(1996年〜2001年に主審として。2002年〜05年まで審判インストラクター)、モットラムさんから受けた指導がそうしたものでした」

 その結果か、以前は1試合あたりの警告数が2枚を超えていたと扇谷副委員長。ところが時とともにレフェリングにも変化が見られると話す。

「伝え聞いたところでは、メッシを簡単に退場させるなとか、C・ロナウドを簡単に退場させるな、みたいな。要は魅せるサッカーへの変化ですね。また、Jリーグでは2017年にレイ・オリバー(レイモンド・オリヴィエ)さんが来られて(2020年まで)。やっぱりプレミアリーグのやり方。コミュニケーションをしっかり取ろういうのは、そこら辺から大きく変化したという印象です」

 つまり「カードをいっぱい出せばいいってもんじゃないんだっていう流れになっていて、1枚のカードの重要性について色々と聞きました」との方針のもと、カードを出さないで済むならば、出さないほうがいいという考え方、指導が浸透した結果なのだという。

「もちろん誰が見ても出さなきゃいけないものは出さなきゃいけないんですけど。グレーなものってやっぱりたくさんあるんですよね、ジャッジに」

 そうした状況の中、選手とコミュニケーションを取ることで「選手のトーンがね、ボルテージが、テンションが下がってくれればいいんです」という流れになりつつあるという。

 ただし、それでも過度な言動を取る選手は居て「全員が全員、コミュニケーションを取れる選手ばっかりじゃない」とも話すが「コミュニケーションを取れる選手が多くなってきたっていう事実は、私もやっている中で思ってきました。今見てても、なんですかね、突っかかっていくと言ったらあれですが、そういう選手ってだいぶ少なくなったのかなと思います」。

 Jリーグ開幕当初から長く「反則を吹いて『わっー!』て言われたら、カードを出すという時代」が続いたが、その後選手のファーストリアクションを受け入れる方向に舵が切られている。

「今はどちらかというと、ピッと吹いた直後の選手からの『わっー!』はもう、しょうがないと。本当に選手はすごく情熱をもってプレーされていますし、それはサッカー選手として自然な反応ですから。多分皆さんだってサッカーを見てて、応援してるチームが微妙な反則を取られたときに『わー』って最初は言うと思うんです。もちろん選手はジャッジに対するストレスとか不満とかってあると思うんですけども、そういうものを1回飲み込んで、話してくれたりするようになってます」

 ファーストリアクションに対するカードが減り、その傾向の中、選手とレフェリーが落ち着いて接する事が増え、両者に信頼関係ができつつある。そうした流れが、先日、引退された村上伸次さんや家本政明さんへの選手やサポーターからの温かい反応だった。

 またDAZNで放送されているジャッジリプレイにより、ルールの理解が広がったことの意味も大きいのではないかと扇谷副委員長は話していた。

「ルールを理解しようという意欲をすごく感じます。例えばVARひとつとっても私はもっといろんな不満が出てくるのかなと思っていました。ところが海外の反応と比べると、意外と理解してくれる。クラブもそこに関しては1回見てくれたっていうところで、理解を示してくれることが増えた。やっぱり我々のことを理解をしてくれようとしてくれるからこそ、そういう反応になるんじゃないかなと思います。

 どうしても文句を言ってるシーンとかが、目立った時代があったと思うんですよね。でも今はそういうシーンでもレフェリーを取り囲むのはあんまりなくなってきたのかなと。もちろんたまにはありますが、それはしょうがない。我々だってうまくいかないこともあります。ただ、今は選手がちゃんと理解してプレーしようとしてくれていると感じる機会が増えていると感じています。本当にありがたいことだなと思っています」

 ちなみに村上さん、家本さんのセレモニーを見て、泣きそうになったという原副理事長は「若かったらレフェリー目指したかも」と話していたが、その言葉を伝えたところ「今からでもやってくださいって、言っといてください(笑)」と苦笑いしていた。

 Jリーグと審判委員会のいい関係が窺えるやり取りに笑顔を分けてもらったが、扇谷副委員長は最後にこんな言葉で取材を締めくくった。

「必ずうまく行かない時ってあると思ってます。それは仕方ないと思っています。でも、その中でもレフェリーのことを理解していただき始めているっていうのは本当にありがたいことだと思っています。このまま信頼を失わないように。さらに高いレベルを目指しやっていかなきゃいけないなってことを、改めて思います」

取材・文●江藤高志(川崎フットボールアディクト)