埼玉県で生まれ育った山岸範宏にとって、Jリーグきっての人気を誇る浦和レッズはずっと憧れのクラブだった。その浦和に13年半在籍し、モンテディオ山形とギラヴァンツ北九州でもプレー。2018年に40歳で現役を引退し、翌年からJFAアカデミー福島で指導者としてのキャリアをスタートさせた。

 00年の第49回全日本大学選手権で初優勝を飾った中京大の山岸は、大学ナンバーワンGKとして01年に浦和入り。1月28日の加入会見で「好きな選手はパラグアイ代表の(ホセ・ルイス・)チラベルト。大卒なので1年目から公式戦出場を狙いたい」と抱負を述べたが、西部洋平、安藤智安に次ぐ3番手にとどまり、出番はなかった。それでも2年目の第1ステージ・3節の清水エスパルス戦でデビューすると、的確なコーチングと優れたシュートストップを武器に守護神の座を手に入れた。

 熊谷高時代は、横浜マリノスに進んだ同い年の浦和学院高・榎本達也の陰に隠れた無名選手。「技術や身体能力がずば抜けて高いわけではなく、努力するしかなかった。これを続けることでプロの道が開けたし、試合に出られない悔しさや失点に絡んだ悔しさをエネルギーに変え、気が済むまで練習しました」と、成功に至った背景を説明する。

 確かに浦和時代の山岸は、練習が終わってもなかなか帰らなかった。居残りでジョギングや体操をした後、トレーナーに入念なトリートメントを施してもらい、コンディションを維持した。引き揚げるのは選手の中で決まって一番遅く、話を聞きたい時は長い時間待機したものだ。

 山岸は「試合に向け、いかにいい準備をするかが最大の責任。満足のいく準備ができた時って、やっぱりいいパフォーマンスを発揮できるんですよ」と経験談を語る。
 
 加入3年目の03年、ガンバ大阪から日本代表のGK都築龍太が移籍してきた。ここから同い年の2人による、熾烈なポジション争いが長らく展開されることになる。

 第1ステージは開幕から山岸が先発したが、5節のセレッソ大阪戦で6失点し、8節と9節の2試合で計7失点。GKが代わるのは、故障か大量失点が続いた時が相場だ。10節の横浜戦から都築に定位置を譲り、クラブ初タイトルとなる秋のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)決勝の舞台には立てなかった。

【動画】山岸か、都築か。鈴木啓太が選ぶ「浦和レッズ歴代ベストイレブン」をチェック!

【画像】浦和レッズの歴史を彩った名手たちと歴代ユニホームを厳選ショットで一挙紹介!
 この二人には、“禍福はあざなえる縄のごとし”ということわざが、驚くほど当てはまる。

 山岸は04年の第2ステージ・4節で正GKに返り咲き、初のステージ優勝と横浜とのチャンピオンシップも経験できた。ところが05年2月13日、強化合宿中のサガン鳥栖との練習試合で左肩を亜脱臼し、リーグ戦出場は1試合。初優勝した天皇杯決勝に出たのも都築だった。

 今度は翌06年4月29日の大宮アルディージャ戦で、都築が右ひざを負傷。山岸がポジションを奪還し、リーグ初優勝のピッチに立った。

 07年の開幕戦に先発した山岸だが、2節を控えてインフルエンザに罹患。このチャンスに結果を出した都築は、年間を通じて出色のプレーを披露し、山岸につけ入るスキを与えなかった。リーグ戦こそ連覇を逃したものの、初出場したアジア・チャンピオンズリーグで日本勢として初優勝し、クラブワールドカップでも3位という浦和にも、都築にも輝かしいシーズンとなった。

 対照的に山岸は、2年目以降では最も少ない公式戦出場3試合という屈辱的な1年を過ごした。

「悔しくて仕方なかったですね。どうしてお前がいるんだ、なぜ浦和に来たんだという感情は正直ありました。ただ龍太と競争できたから、日本代表クラスに成長できたのは事実。レギュラーになったほうが日本代表に呼ばれる、という高いレベルの争いは他のクラブにいたら体験できなかったと思います」
 
 08年も都築、09年は秋から山岸が正GKに就いたが、都築が10年6月に湘南ベルマーレへ期限付き移籍。一度も会話することなく、火花を散らした両者の争いは7年半で終幕する。「龍太のプレーとセンスは尊敬しましたよ。周りに気を遣わず感情を出せるのもすごかった」と笑った。

 14年は日本代表の西川周作が加入。加藤順大が2番手で、山岸はベンチからも外れた。36歳になったばかりの6月、J2山形へ期限付き移籍すると、一躍時の人としてスポットライトを浴びる。

 リーグ6位の山形は初のJ1昇格プレーオフに進出し、ジュビロ磐田と準決勝で対戦。1−1で終盤を迎え、引き分けならリーグ4位の磐田が決勝に進む規定だ。ロスタイムが2分経過して右CKを獲得。左足の名手・石川竜也がニアに送ったボールを山岸が頭で合わせ、ゴール左隅に流し込んで決勝点を奪った。

 山岸はジェフユナイテッド千葉との決勝でも好守を連発し、1−0の勝利に貢献。4年ぶりJ1復帰の立役者となった。天皇杯でも初めて準優勝し、“山の神”と呼ばれた。

 完全移籍した翌年、チームは最下位に沈み、1年でJ2に逆戻り。17年にJ3北九州に期限付き、翌年は完全移籍して2年間プレーしたが、18年を最後に18シーズンに及ぶキャリアに終止符を打った。

 引退について山岸は、「40歳まで現役というひとつの目標をかなえられたし、同年代が指導者になったことに刺激を受けた」と説明した。

【動画】山岸か、都築か。鈴木啓太が選ぶ「浦和レッズ歴代ベストイレブン」をチェック!

【画像】浦和レッズの歴史を彩った名手たちと歴代ユニホームを厳選ショットで一挙紹介!
 クラブが11月30日に引退を発表すると、JFAアカデミーのGKコーチを統括する加藤好男リーダーか「指導者に興味はありますか」という連絡が入った。

 高校生の頃は体育教師としてサッカー部顧問に就く夢があり、プロ入り後も引退したら指導者になることを希望していただけに、浪々の期間もなく次のステージへ進めたのは幸運だった。

 JFAアカデミーとは、中高一貫指導による個の育成を目ざし、日本サッカー協会が06年、福島県に創設したエリート養成機関である。

 山岸は19年1月半ば、静岡県御殿場市で活動するJFAアカデミー福島の男子U−18コーチに就任。指導のイロハも持ち合わせないまま着任したが、「加藤さんが昨年12月までの3年間、御殿場にいらして試合も毎回見てくれました。指導者としての基盤をつくり上げる過程で、GKインストラクターに見守られながら指導と勉強ができたのは、とてもありがたかった」と感謝する。

 監督が欲しがるGKの養成が、最大の任務と心得る。山岸がコーチに就任した19年からU−18を指揮する船越優蔵監督は、攻撃にも守備にも積極的にかかわりながら、こと守ることには堅実なGKを好む。山岸が考えるGK像と同じだった。
 
 今年1月で就任4年目を迎えたが、教えることの難しさに何度も直面してきた。コーチングや技術、フィジカルは練習すれば習得できるが、判断力や理解力には個人差があり、選手へのアプロ―チの仕方にも工夫しているそうだ。

「一度言えば実行できる選手もいるし、同じことを何度教えてもミスを繰り返す子もいます。どうやって頭を鍛えるか、そこも学んでいきたい。それと人間性ですね。伝え方や口調が多少厳しくなってもビクともしない子がいる一方、しょげちゃう子もいます。選手の個性によって接し方も考えないといけません」

 チームは今季、15年以来7年ぶりのプレミアリーグEASTに復帰し、東日本を代表するクラブや高校チームと戦っている。山岸は試合でセットプレーの守備になると、担当コーチとしてテクニカルエリアに出て、現役時代と少しも変わらぬ大きな声で指示を出すのが務めだ。

【動画】山岸か、都築か。鈴木啓太が選ぶ「浦和レッズ歴代ベストイレブン」をチェック!

【画像】浦和レッズの歴史を彩った名手たちと歴代ユニホームを厳選ショットで一挙紹介!
 さいたま市の自宅に妻と3人の子どもを残し、御殿場市時之栖の専用寮で暮らす。欠かせない日課がキック練習と筋トレだが、「僕が際どいコースに鋭いボールを蹴らないと、選手が納得しないんですよ」と笑う。練習の準備や指導陣によるミーティングの後、午後3時から2時間ほど練習し、夜はGKとセットプレーの映像を編集して次戦の対策を練る。

 毎日が勉強で、指導者と接しては知識を蓄積。在籍時期は違うが、大宮アルディージャU18の荒谷弘樹GKコーチは浦和時代の先輩で、会えば質問や情報交換もする。その荒谷コーチは「教え方って人それぞれですが、私も他の指導者の意見を参考にします。個人的には選手の社会性、人間性を育むことも心掛けています」と述べたように、どのコーチも勉強と模索を重ねている。

 昨年、S級に次ぐ指導者資格のA級ジェネラルを取得した。この8月には、広島であったU−17日本代表の大会にGKコーチとして参加。U−19日本代表コーチを兼務する船越監督からも、「これまでたくさんのことを学ばせてもらった」と指導者として敬慕する。経験を重ねてコーチ学に磨きを掛けている最中だ。
 
 現役時代の山岸は、秀逸なGKの長所を融合させた選手になろうとした。今は大勢のGKコーチの良さを吸収し、応用の利く指導者を目指す。野心は日本代表GKコーチになってワールドカップに出場することだが、身近な目標は、監督が求める理想的なGKを育成することにある。

「攻守において効果的にチームにかかわれるGKを育てたい。どんな監督の下でも、どんな戦い方になっても適応能力に優れ、なんでもこなせる万能なGKを輩出したいですね」

 浦和時代の恩師、ハンス・オフト監督から「喜びに浸るのは引退してからだ。現役中は慢心と満足を慎み、どん欲であれ」と諭された。山岸は引退した今でもこの戒めを守り、第2の人生を歩む教訓にしている。

取材・文●河野 正

【動画】山岸か、都築か。鈴木啓太が選ぶ「浦和レッズ歴代ベストイレブン」をチェック!

【画像】浦和レッズの歴史を彩った名手たちと歴代ユニホームを厳選ショットで一挙紹介!