ジェラール・ピケが3日、バルセロナ退団を発表した。CBは常々「他のチームでプレーすることはない」と語っており、これは現役生活への別れを意味する。2日前にカタールW杯の予備登録メンバーに名を連ねていることが明らかになったばかりだった。誰も予想していなかった中、SNSという“らしい”方法でピケは電撃発表を行なった。

 今シーズン、控えに降格していたピケは、私生活でもコロンビア出身の人気歌手、シャキーラとの破局を公表後、パパラッチの餌食になるなど、困難な時期を過ごしていた。

 開幕前、シャビ監督はピケと話し合いの場を持った。2人はカンプ・ノウで7シーズン、同僚だった間柄だ。ピケの振る舞いを好ましく思っていなかった指揮官は、戦力構想から外れていることを伝えた。しかしピケは「なんなら世界最高のセンターバックを連れて来ればいい。俺がその選手をベンチ送りにする」と逆に挑戦状を叩きつけた。

【動画】電撃引退を発表したピケの投稿
 その後、バルサはジュル・クンデとアンドレス・クリステンセンを獲得。ロナウド・アラウホとエリク・ガルシアにも先を越されていたピケはチーム内の序列で5番手CBとして開幕を迎えた。

 しかも、“敵”はピッチ上だけではなく、オフィスにもいた。先の通常総会で、マテウ・アレマニFD(フットボール・ディレクター)が、ジョルディ・アルバとセルヒオ・ブスケッツも含めた高給取り選手の契約について、「消滅させたい」と宣言していた。

 ピケは、かねてから自身の去就について明確なスタンスを持っていた。2020年8月に、チャンピオンズリーグ(CL)でバイエルンに2−8の大敗を喫した直後に、「新しい血を入れる必要があるというのなら、俺が真っ先に出て行く」と発言。その翌年、本紙のインタビューで「控え選手という立ち位置で引退するつもりはない」と明言していた。このことからクラブ幹部の間では、「ジェラールはもっと自分の発言に責任を持つべきだ」と非難の声も上がっていた。

 ドレッシングルームでもリキ・プッチのMSL移籍を境に、孤立しがちになり、最近のピケについて、「ジェリ(ピケの愛称)の態度について我々は何の不満も持っていないが、影が薄くなっていたことは確かだ」とあるチームスタッフは認める。
 
 ピケの電撃発表の前日、チームは結束力を高めるため夕食会を開催した。コーチングスタッフとSD(スポーツ・ディレクター)のジョルディ・クライフも参加していたが、ピケは自らの決断を誰にも伝えなかった。その結果、事前に報告を受けていたブスケッツを除き、大半のチームメイトはSNSを通じて引退の報に接することに。一方のシャビは技術部門を経由して、その事実を知った。「2人の関係は疎遠になっていた」。幹部のひとりは証言する。

 確かにクンデ、アラウホ、エリク・ガルシアとCBに怪我人が相次ぎ、ここのところピケの出場機会は増えていた。しかしCLグループリーグ突破のためには勝点3が絶対だったインテル戦が3−3のドローに終わった際には、戦犯扱いを受け、嫌々ウォーミングアップをする姿がキャッチされたラ・リーガのビジャレアル戦では、途中出場時にブーイングを受けていた。
 
「ピケは正真正銘のお手本だ。不機嫌な顔を見せることがない。100%の力を注いで日々のトレーニングに励み、フル出場でも数分間の途中出場でも常に全力でプレーする。人々はそのことを知るべきだ」

 試合後、シャビ監督はこう擁護したが、ピケには不十分だった。親しい知人が、別れのタイミングが訪れたと示唆し始めたのもこの頃だった。会長としてカンプ・ノウに戻るという将来の青写真を描いているピケには、これ以上自身のイメージを損ねたくないという思惑もあった。

 こうして熟考を重ねたピケは、技術部門に決断を告げた。「紳士的に振る舞ってくれた」と話す前出の幹部によると、ピケは24年6月までの残り1年半の契約の中でバルサが支払う予定だったサラリーの受け取りの辞退を申し出たという。つまり、保留になっているのは、パンデミック時の20年に取り交わした遅延分のみということになる。「3000万ユーロ近くの支払いをクラブに免除した」。ピケの側近はそう語る。

 SNSのビデオを通じて発信したメッセージの最後、ピケは「みんなが知っての通り、僕は遅かれ早かれ戻ってくるだろう。ビスカ・バルサ。永遠に」と締めくくっている。バルサのレジェンドは、今夜、カンプ・ノウで「Hasta pronto」(またすぐに会いましょうという意味)」を告げる。

文●ファン・I・イリゴジェン(エル・パイス紙バルサ番記者)
翻訳●下村正幸

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