「学びの場が欲しかった」元日本代表の“玉田圭司コーチ”が強豪校・昌平にもたらす絶大な波及効果。「怖さがまだまだ足りない」
Jリーグの名古屋グランパスや日本代表で活躍し、2021年をもって引退した玉田圭司氏が、今年4月から埼玉・昌平高のスペシャルコーチに就任して約半年が経過した。規格外のスピードと抜群の決定力を誇った玉田氏の指導により、国内有数の強豪校はどんな進歩と変化を見せているのか。
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昌平の藤島崇之監督と玉田氏は習志野高(千葉)時代のチームメイト。3年生のインターハイでベスト4に入り、全国高校選手権予選では好敵手の市立船橋を倒して6年ぶりの本大会出場を果たした。
藤島監督は玉田氏と再会するたびに「うちのチームを見てくれないか」とスタッフ入りを持ち掛けていたそうで、今年の年賀状にも誘い文句が添えられていた。
就任した経緯について玉田氏は「教えることにはとても興味があるし、指導者ライセンスを取るためにもコーチのキャリアや学びの場が欲しかったので、僕のほうから申し出ました」と説明する。日本サッカー協会公認の指導者資格、A級ジェネラルを昨年取得。最上位のS級を身に付けるためにも、気心の知れた仲間が多い昌平で指導者の心得や手法を習得しようとしたのだ。
昌平には藤島監督のほかにも、習志野の同級生が4人いる。村松明人、関隆倫、菅野拓真の各コーチと宮島慶太郎スカウトチーフで、全員が全国高校選手権に先発したメンバーだ。村松氏は街クラブながら国内屈指の有力チームとなった中学生年代の下部組織、FC LAVIDAの監督を務め、関氏と菅野氏もコーチを兼務する。
前々から昌平には魅力を感じていた。「藤島が監督になった時から注目し、サッカーの質とか内容やチームのスタイルもすごく好きですね。これまで自分で描いてきたものが、もっと大きくなれば面白いチームに進化すると感じ、昌平を選ばせてもらいました」と、タレント集団のさらなる飛躍に協力することにした。
大阪府内在住とあり、1か月に6日ほど泊まり込みで練習と公式戦に顔を出す。攻撃的選手の指導とアドバイスが任務の中心だが、チーム全体にも目配りし「自分の考えを伝え、エッセンスを加えられればいい。藤島もそう考えていると思います」と述べた。
練習の合間に守備ラインの主力4人を集め、たっぷり指南していた。前述の言葉を裏づける玉田氏の情熱の発露だろう。
「玉田のアドバイスは僕が伝えるのとは訳が違います」と藤島監督は謙遜しながら切り出すと、「育成年代と向き合うため、いろいろ工夫しながら伝えるものを選んでくれているので、選手には分かりやすいと思う」と話す。監督自ら意見を求めることも多々あるそうだ。
玉田氏が考案した新メニューの中で特徴的なのが、打ち方や狙いどころなどを細かく教えるシュート練習が増えたこと。「シュートを打つのはあまり上手くないなあ」と笑うと、「力強く蹴るのがシュートというイメージを持っているので、ここを少しずつ修正しています」と語る。J1で99得点、J2で34得点、2006年のドイツワールドカップのブラジル戦など日本代表で16得点を挙げた名手が、自らの感性と技を授ける。
全体練習後、玉田氏が左足でいろんな球筋の一撃を次々に決めていくのを見ていた選手は、その精度の高さに感心しきり。
昨季から多くの得点をものにしてきたFW鄭志鍚(2年)は、「シュートの打ち方やトラップを間近で見て学んでいます。日本代表でも活躍した玉田さんは素晴らしいお手本。自分はぴたっと止めるトラップの大切さを習得している」と感謝する。
プレミアリーグEASTT第6節の川崎フロンターレU-18戦から左SBのレギュラーとなった西嶋大翔(3年)は、「玉田さんからサイドバックが攻撃の起点になると言われ、ますますチームのために頑張ろうと思いました。長い距離を得意のドリブルで運べるのがすごく楽しい」と玉田氏の言葉に発奮したようだ。
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昌平は今季、高校生年代最高峰のプレミアリーグに初昇格。直近の第14節終了時点で5勝4分け5敗、勝点19の5位にいる。初舞台だけに順当とも、昌平の力からしたら物足りないとも受け取れる。
玉田氏はどんな見解なのか。
「もったいない試合が多く、インターハイ予選(準決勝)のように勝ち切れない弱さみたいなものは感じる。足りないことはまだある」
具体的にはどんなところか。DFは軽快な持ち運びが得意で、MF陣は仕掛けてはがすドリブルがお手のもの。玉田氏は全員がドリブル上手なのが強みである半面、問題でもあると考える。
「いい状況で仕掛ければまず取られないが、悪い状況でも突っ込む不要なドリブルをする。武器として使う場面なのか判断できていない。技術が高いだけに技術に頼りすぎてしまうところがあります」と滅多に聞かない指摘をした。23シーズンもプロでやってきた経験がこう言わせるのだろう。
ストライカーだけが点を取るチームにもしてほしくないそうだ。
確かに昌平のMF陣は得点力が高く、プレミアリーグでは長準喜(3年)がチーム最多の6点で、大谷湊斗(2年)と長璃喜(1年)が各3点、土谷飛雅(3年)が2点と中盤の選手が満遍なくゴールを挙げている。「どこからでも取れるチームになれば、負担の減ったストライカーは自ずと得点を重ねるもの」と述べると、「MF陣はめちゃくちゃ上手いが、怖さがまだまだ足りない。彼らがもっと怖くなったら昌平はさらに強くなる」と貴重な提言をした。
昌平はインターハイに4度出場し16、18、22年が3位。全国高校選手権には5度出て19、20年度に8強入りした。17年から7年続けて16人をJリーグクラブに送り込む、埼玉を代表する新進気鋭のチームだ。
選手ばかりか、玉田氏の招請は指導陣にも効果をもたらしているという。藤島監督は「トッププロの基準と育成年代に落とし込む上での基準をすり合わせ、高いレベルでどう伝えていくかを考える仕事は、僕らにとってもプラスだし刺激になります」と存在の大きさを口にした。
練習の成果が試合で存分に発揮されるのは、これからだという玉田氏は選手にひとつ注文を出した。
「もっと聞きにきてくれたらと思うのに、向こうからアドバイスを求めることがあまりないんですよ。何を食べていたんですか? といったことだっていいんですから」
イレブンの成長を真剣に後押ししようという誠実な姿が伝わってきた。
取材・文●河野 正
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