価値あるマイノリティの取り組みを紹介する連載企画――。今回注目したのは、自己肯定感をキーワードとして目標達成をサポートするメンタルトレーナー。異国で進路を見定めた元なでしこリーガーだ。
 
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 メンタルトレーナーの後藤史(ふみ)は、不振や停滞の原因を感情から探り出す。その時、どんな感情の支配下にあったのか――。感情は出来事への反応から、無意識のうちに生じている。意識ではコントロールできない、ありのままの自分だ。
 
 記憶は感情と結びついている。その選手が試合前、焦りの感情の支配下にあったと思い出せば、後藤は質問を重ねる。Q「焦っていたのは、なんででしょう?」→A「監督の目が気になっていたのかも」→Q「どうしてですかね?」→A「半年前からレギュラーを外されていて」→Q「何かあったのですか?」→A「こういうプレーができなくて……」。
 
 時間をかけて、トレーニングを受ける本人が自身の現状を把握し、受容するための質問を重ねていくのだ。心の深層に埋もれていた不振や停滞の原因となる心的状況を共有し、目標達成のための理論を提供する。
 
 快活でよく笑う後藤は、元なでしこリーガー。そんな彼女がメンタルトレーナーを職業としているのも、日本を遠く離れたスペインでありのままのできない自分を受け入れ、自問自答を繰り返し、心の持ち方を少しずつ変えてきたからだ。
 
 気になって、取材の最後に確かめた。全部書いていいのかと。
 
「全然大丈夫です。今、わたし、自信を持って生きていますから」
 
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 後藤が日本を飛び出したのは2010年。23歳の夏だった。門を叩いたのは、マドリードのラージョ・バジェカーノ。スペイン屈指の強豪であり、10-11シーズンには女子1部リーグでの3連覇を果たしている。後藤がトライアウトをわざわざ受けてラージョに入団したのは、大舞台を見据えていたからだ。UEFA女子チャンピオンズ・リーグ。選ばれし者しか出場できないその大会を経験できれば、なでしこジャパン入りの道が開けてくるかもしれない。
 
 ところが思ったようには行かなかった。言葉がまったく通じない。ピッチの上でも持ち味を出せなくなり、出番は減る一方だった。そして日本を離れておよそ半年という冬の日に、“事件”を起こす。風邪を引いたと嘘をつき、練習をサボったのだ。目の前の苦しさから逃避したという事実が、後藤をさらに落ち込ませた。
 
「子どもの頃から、いつもちゃんとやんなきゃ、できる子でいなきゃという意識がすごく強かったので」
 
 後藤はずっと“看板”を背負ってきた。実家は幼稚園で、両親はその先生、創設者の祖父は寺院の住職でもあった。幼稚園の子、お寺の子という看板に見合った、しっかりとした自分でいなければ――。高校、大学、なでしこリーグと、サッカーでも周囲に認められてきた。自らの意思で日本を離れる23歳までは。
 仮病でラージョの練習をサボった後藤は、それから3日間、マンションの一室に閉じこもる。
 
「事故に遭わないかな」
 
 そこまで思い詰めていた。チーム内では孤立しており、誰からも認めてもらえない。スペインに来るまでの“できていた自分”とのギャップに苦しみながら、しかし日本におめおめと帰るわけにもいかなかった。
 
 3日間、何も食べなかった。私なんか、このまま衰弱すればいい。言い訳ばかりを考えていた。プライドを保ったまま、カッコよく日本に帰国するには、どうすればいいのか。
 
 4日目の昼、ついに外に出た。
 
「お腹がグーグー空いてきて。結局、食欲が勝っちゃったんですよ(笑)」
 
 さて、何が起きたか――。何も起こらなかったのだ。
 
「世の中、何も変わっていなかったんです。当たり前ですけどね」
 
 表に出ると、いつも通りの明るいスペインの空があり、いつも通り騒がしいオバチャンたちがぺちゃくちゃ喋っていた。何も変わらない。
 
 毎日通っていたバルに入ると、いつものパンとコーヒーが出てきた。
 
「3日も姿を見せていないのに、普通にハーイって。いや、ちょっとは心配してよって(笑)」
 
 後藤はハッとした。
 
「これってチームも一緒だと。招集外の選手が3日サボって、誰が困るかって話です。監督も風邪が治ったら戻ってこいくらいの反応で。気付きました。あ、わたし大したことないんだなって」
 
 理想の自分を勝手に、どんどん膨らませ続けていたのだ。周りからそう求められているのだろうと。
 
「誰も何も言ってないのにね」
 
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 メンタルトレーナーの後藤が、トレーニングで育てようとしているもの。それが自己肯定感だ。他人と比較してのOKではない。ありのままの自分を受け入れる。
 
「できない自分、負けている自分も今の自分だと受け入れている状態です。この土台がないと、できないのは偶然とか、負けたのは誰々のせいとか、事実を直視しなくなってしまいます」
 
 昔の後藤がそうだった。小学5年生の時には学習塾で上のクラスに入れず、宿題をやらなくなった。
 
「そうしておけば、テストができなかった時の言い訳にできるんです」
 
 サッカーの三重県選抜には、自分よりも上手い子がごろごろしていた。
 
「雰囲気、目茶苦茶悪いもん」
 
 理由をつけて行かなくなった。どんな自分でも大丈夫という自己肯定感は持てずにいた。“できない自分”を避けるようになっていただけだ。
 
「目標の達成には、事実を受け入れなきゃいけない時があります」
 
 スペインで24歳になっていた後藤は、4日ぶりにラージョの練習に参加する。虚勢を張るのはやめて、できることから始めるつもりだった。
 
「その日の目標は、チームメイトに話し掛ける、でした。OKラインを一気に下げましたよね(笑)」
 
 サッカーでも、できることに集中するようにした。相手に最後まで食らいつく。走る。このふたつだった。
 
「そんな守備ができて、息が切れるまで走れたら、自分にOKを出そう」
 最初のシーズンが終わり、一時帰国で日本に戻った後藤は、身体を絞り、体重を落とした。
 
「私にできるのは走ること。最低限走れる自分にしておかなくちゃって」
 
 1年目は筋肉をつけた。当たり負けしていたからだ。重たい、動きづらいと感じているのに、それでも身体を大きくしなければならないと。
 
「〇〇しなければならない。これは思考です。自分の感覚をまったく信用できなくなっていましたね」
 
 思考や意識で、感情のコントロールはできない。出来事に自然と反応し、無意識に出てくるのが、生存本能と結びついた恐怖などの感情なのだ。試合前、不安を感じているのに、いや強気で臨まないと、などと思考でふたをしてしまえば、ありのままの自分を見逃してしまう。
 
「思考や理性は人間が共同生活、社会生活を営むうえで必要です。ただ、それが働きすぎる時がある。スポーツの試合でも同じです」
 
 日本人が自分の感情をなかなかキャッチできないのは、緊張や不安は良くないと感情自体を評価する傾向のせいでもあると後藤は指摘する。
 
「例えばロッカールームで『ああ、緊張する。澤さん怖いかも』と呟いたら、周りから『弱っ』って言われるでしょう。ビビってんの?大丈夫?弱いねって。マイナスの感情=弱いと。でも緊張して、怖いと感じていても、ピッチ上で自分の実力を発揮できたら、それは弱いということになるでしょうか?」
 
 ラージョのチームメイトが、その好例だった。エースで主将のナターリアは、大きな試合の前は相当ナーバスになっていた。それでもピッチに立てば、きっちりゴールを奪ってきたのだ。スペインで「ああ、緊張する」と口に出しても、戻ってくるのは「そうだよね。大切な試合だもんね」といった反応だ。日本では他者の視線を人一倍気にしていた後藤にとって、それは驚きだった。
 
「スペイン人って周りからどう見られているか、気にしてないなって」
 
 ラージョでの2年目は、開幕当初から先発出場できるようになっていた。時々ベンチスタートとなっても、その自分を受け入れて努力できる。自己肯定感が育ってきた証拠だった。迎えた11年11月3日の大一番が、CLのアーセナル戦だった。後藤はサイドハーフのスターターを任された。
 
「とにかく走り切ろう。奪ったボールは、近くの選手にすぐ預けよう」
 
 できない自分を受け入れてから、積み重ねてきた確実にできることだった。叩いて、走る。預けて、走る。そんな試みのひとつが31分、ラージョの同点弾に繋がる。ゴールを決めたエースで主将のナターリアに駆け寄り、抱きつくと、背中に別の選手が飛びついてきた。挟まれて、息が苦しく、でも嬉しくて。あの感触、記憶は、はっきりと残っている。目標としてきたCLで、ベスト8入りが懸かった大事な試合だった。
 
「私のキャリアでは最大のプレッシャーの中、試合前は本当に怖かったのに、できたんです。やり切った感がすごくありました」
 
 後藤にはユニバーシアード日本代表の選出歴もある。しかし――。
 
「できなかった記憶しかないんです。ユニバ代表って言われても、ちっとも自信にできていない肩書きでした」
 
 1-1で引き分けたアーセナル戦の翌日は、起き上がれなかった。何度も吹き飛ばされていたので、身体中が痛い。それでもベッドの上でニヤニヤし続けた。
 
「サッカーが楽しかったのは、初めてでした」
 スペインの高い空が、後藤は嫌いだった。いつも晴れていて、その青空がやけに高く見えるのだ。「ちっぽけだなあ、お前。そう言われているような気がして」。勝手に、スペイン中を敵に回していた頃だ。
 
 アーセナル戦の後、思いもよらない自分の感情に後藤は気が付いた。
 
「サッカーはもういいな」
 
 なんで?の自問自答はこう続く。もともとは父親が好きなサッカーだった。認めてほしいと、不足感を埋めるために頑張ってきた。ところが、あのアーセナル戦で――。
 
「自分で自分を認めたら、もう不足感が出てこなくなったんです」
 
 学生時代から、チームメイトに言われてきた。
 
「フミって、35歳くらいまでは現役でやっていそうだよね」
 
 そんな気は自分でもしていた。もっと上手くならなきゃいけない。やめちゃいけない。そういう思考に縛られていたからだろう。後藤は決めた。メンタルトレーナーになろう。「大学でもなでしこリーグでも、自分よりはるかに才能のある選手がどんどんやめていきました。もしかするとあの人、メンタルが原因でやめたのかもって、何人も頭に浮かんできて」
 
 できるのではないかという自負もあった。手応えは、メンタルトレーニングによる自分自身の劇的な変化だった。25歳での引退を決断した後藤は、いつの間にか好きになっていた。最初は嫌いだったスペインのあの高い空が――。
 
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 風邪を引いたと偽り、練習をサボった2日目の夜、後藤は勇気を振り絞り、日本の両親に電話を掛けている。サッカーをやめたい。そう伝えると、母親が泣きだした。後藤は思った。がっかりして泣いているのだろうと。しかし、そうではなかった。
 
「あなたはすごい。そう言ったんです。自分でどんどん道を切り開いて、弱音なんて吐いたことがない。言葉も何ひとつ分からない場所で。もう帰っておいで。もういいよって」
 
 後藤も泣いた。スカイプの映像は消していたので、声しか聞こえていない。それでも両親の前で涙を流すのは、物心がついてから初めてだった。後藤は勝手に思い込んでいたのだ。越境の進学で故郷を離れた高校時代からずっと、成功しなきゃ、帰れないと。
 
 この電話の頃は、スペインでまだ言葉も通じず、周囲に迷惑を掛けまくっていると自分を責めていた。人間としてもダメなんじゃないかと。
 
「でもわたし、帰れる場所があるって分かった時に、大したことない自分を受け入れられたんです。できない自分でも存在していい場所が、あれ、うちにあるの?って」
 メンタルトレーナーの後藤の下を訪れるのは、大人だけではない。小学生とその親もいる。そんなひとりに、強気な発言を繰り返すサッカー少年がいた。いつもポジティブでいようとしている。強がってばかりいた昔の自分のようだった。
 
 少年が変わりだしたのは、父親の話ができるようになってからだ。Q「ねえねえ、お父さんって、どんな感じ?」→A「お父さん、ボクに無関心だよ」→Q「どういうこと?」→A「ボクがヘボすぎるから、興味ないんだって。言われた」→Q「え、そうなの?」→A「そうなんだって」→Q「そっか、どうだった?」→A「ちょい、へこむよね」。初めて言えたじゃん、感情。「そうか、へこむよね。でも私も実はそうだったんだよ。妹がめっちゃすごくてさ、お父さん、わたしに興味ないから、試合観にこないんだよ」→「マジ?どうだった?」→「めっちゃへこんだ」→「分かる〜」。
 
 できるだけ多くのお父さん、お母さんに知ってほしいと、後藤は訴える。できない自分を否定される、できる自分しか肯定されない出来事が繰り返されると、子どもはありのままの自分を受け入れられなくなってしまう。とくに幼少期の親との関係は、その後に大きく影響する。
 
 そんな話をすると、熱心な親御さんほど質問してくれる。子どもにどう声を掛け、どう褒めればいいのか。逆に、言っちゃいけない言葉は?後藤はまずこう勧める。
 
「どんな状態でも、まず受容すること。まずはハグからです。すぐにできることですよね」
 
 思い出すのは11年3月11日。あの東日本大震災の後、後藤はスペインで無数の人にハグされた。チームメイト、そのママやパパたち、クラブハウスのオジサンたち……。
 
「本当に心配して、ぎゅっとしてくれている。その気持ちが、言葉にしなくても伝わってきたんです。私は大活躍していた選手じゃなかったし、でもこの人たち、そんなの関係なく私のこと見てくれているのかなって。そもそも拒否していたのは私なのかって。今の自分、つまりその時の自分を考えるきっかけの大前提となる安心を、ハグで与えてもらいました。あの安心があったから、いろんなことに気付けたんです」
 
 親が子に与える安心は、自己肯定感の土台だ。スペインの子どもたちは、ハグで育ったんだろうな。後藤はそう思う。親たちは、言葉など何も掛けていないのではないかと。
 
「スペインでは子どもの試合が終わると、勝とうが負けようが、その子がすごいミスをしようが、お母さんはハグをするんです。『お疲れさま、さあ家に帰ろう』って」
 
 やろうと思えば、誰にでもできるハグ。もしかすると小さなその積み重ねが、未来の大きな変化に繋がっていくのかもしれない。

取材・文:手嶋真彦(スポーツライター)