西村雄一 岩政さんは、鹿島での後半の5年くらいは、チームメイトを抑える声もかけていましたよね。選手が興奮している時に、岩政さんにお願いして落ち着くように収めてもらったことがあったはずです。
 
岩政大樹 ありました。試合中にそんな話もしましたね。
 
西村 レフェリーが直接選手に伝えても落ち着いてくれない時には、チームメイトの心理をコントロールできる人に託します。レフェリーと選手よりも、選手同士の信頼関係のほうが間違いなく厚い。選手には、いち早く通常の心理状態に戻ってもらって、次のゴールを決めてほしいですからね。
 
岩政 レフェリーの方は、準備やフィードバックはどうされていますか?
 
西村 基本的には、選手の皆さんと一緒に走り切れるだけのフィジカルを整えなければいけません。
 
岩政 結構、走りますもんね。
 
西村 そうなんです。常に攻撃の一員という感じで、90分間、攻撃しっぱなしなんです。
 
岩政 なるほど。
 
西村 ファウルをどう見極めるかの準備もします。そのために、両チームの攻撃の傾向を理解しておきますね。
 
岩政 両チームの攻撃を想定しておくんですか?
 
西村 ファウルが起きるのは、主に攻撃にかかる局面です。カウンターで点が取りたいチームは、対戦相手にカウンターをケアされます。ビルドアップするチームであれば、選手が息を合わせて出ていくところを止めにきます。両チームの攻撃の特長を理解しておけば、そうした場面を予測しやすくなります。

 あとは、選手に冷静になってもらえるように声掛けやジェスチャー、間を取ることに気を付けています。熱くなった選手に対し、我々がそれ以上の熱で対応すると、だいたい上手くいかない。まず我々が冷静でないといけません。
 
岩政 それではフィードバックは?
 
西村 試合終了後に行なっています。Jリーグの試合では、レフェリーアセッサーという評価者と一緒に判定を検討したり、後日ビデオ分析のフィードバックを受けたりします。加えて、シーズン前やシーズン中、シーズン終盤のタイミングで開催される研修会でフィードバックを受けます。
岩政 準備段階で事前情報を入れておくと、それが先入観につながることもありませんか?
 
西村 ネガティブな情報は先入観になるので、一切チェックしません。「またあの選手だ」という想いが判定に影響する可能性がありますからね。
 
岩政 へえ、そうなんですね。
 
西村 やはり攻撃シーンを確認します。例えば、アントラーズはボールを奪ってから相手のゴールまで行くのが凄く速いチームでした。あの頃ならマルキーニョスさんのところに、いつ誰がどうパスを出すのかを予測しておかないと、ペナルティエリア内で倒された時に判定不能になる危険性がありましたね。
 
岩政 なるほど。まず、一番速い攻撃に合わせるんですね。
 
西村 一番速いプレーを予測しておかないと間に合いません。中盤で少しディレイしてくれると余裕ができ、最終ラインからのビルドアップなら一緒についていけます。
 
岩政 こうした準備がレフェリーのスタンダードなんですか?
 
西村 レフェリングスタイルは、人によって違うと思います。ただ共通しているのは、行為を見極めるということです。その行為をA選手がしようがB選手がしようが、同じ基準で判断しなければいけません。だから、私は先入観が入らないようにしています。
 
岩政 先入観……ですよね。アントラーズ時代は、私自身の変化をなかなか理解してもらえないなと感じていました。先入観を持っている方もいて(笑)。徐々に伝わったようでしたが、そこまでの期間が凄く長かったですね。
 
西村 岩政さんは、身体を張るプレーヤーでしたからね。
 
岩政 プロ1年目からバチバチやる選手として打ち出して、メディアもそういう風に扱っていたので、どうしても……。
 
西村 レフェリーが先入観を持ったのではなく、世の中の流れがそのイメージや先入観を作ったところもあるかもしれません。
 
岩政 そうなんですよ。
 
西村 サッカーが好きでなければ、レフェリーにはなりません。選手が作る感動をどうやってサポートできるかを考えているので、そんなに悪いレフェリーはいないんですよ(笑)。
岩政 西村さんは海外の大会でも笛を吹いていますが、ピッチ内での振る舞いに日本との違いは感じますか?
 
西村 海外の選手は、判定に対するリスペクトを表現してくれることが多いかもしれません。「このプレー(ファウル)取ってよ」とアピールするけど、次のプレーで声をかけると「全然問題ないよ」と言ってくれたりします。

 これは文化の違いかもしれないですね。ファウルはするなと教わったのか、それともファウルは時間帯と場所を考えろと言われているか。そこで話は違ってきます。海外の選手は、ある場面では取られても「仕方ない」と思っている。
 
岩政 確かに。日本では、選手もファウルがダメだと思っているから、レフェリーに反発してしまう。サポーターの見方も同じかもしれないですね。海外では"良い"ファウルにブーイングは起こりませんよね。
 
西村 そうなんです。ゲームの流れを理解したファウルには、ブーイングはありません。選手もサポーターも、ファウルの意味を分かっているのだと思います。私たちレフェリーの語源は「refer=ゆだねる、任せる」です。必死に戦っている選手たちでは判断できないので、第三者に判定を任せる。それがレフェリーであり、その判定をリスペクトしています。
 
岩政 海外の選手と日本の選手ではスピードが違うと言われますが、具体的には何が違います?
 
西村 一番違うのはパススピードです。一瞬で次の選手にボールがわたります。それをトラップして次のプレーに移るまでの判断も速い。その上、純粋にフィジカルの速さもあります。
 
岩政 人もボールもパンパン動いている感じですか。
 
西村 ワールドカップでは、1秒ごとに駆け引きがありました。FWは裏を取ろうとして相手の動きを探っていたり、MFがパスを出させないようにわざとプレスをかけたり。そこら中で駆け引きしていたので、レフェリーも頭が休まる時間がありませんでした。
 
<<#3に続く>>
 
【プロフィール】
西村雄一(にしむら・ゆういち)/1972年4月17日、東京都出身。1999年に一級審判員として登録され、2004年からスペシャルレフェリー(現・プロフェッショナルレフェリー)に。2010年の南アフリカ・ワールドカップ決勝の第4審判、2014年のブラジル・ワールドカップでは、開幕戦で主審を務めた。2014年まで国際審判員として活躍し、現在はJリーグで笛を吹いている。
 
岩政大樹(いわまさ・だいき)/1982年1月30日、山口県出身。J1通算290試合・35得点。J2通算82試合・10得点。日本代表8試合・0得点/鹿島で不動のCBとして活躍し、2007年からJ1リーグ3連覇を達成。日本代表にも選出され、2010年の南アフリカW杯メンバーに選出された。2014年にはタイのBECテロ・サーサナに新天地を求め、翌2015年にはJ2岡山入り。岡山では2016年のプレーオフ決勝に導いた。今季から在籍する東京ユナイテッドFCでは、選手兼コーチを務める。