近年世界から注目される市場となった“中国サッカー”。おもに話題に上がるのは、クラブシーンにおいて、ビッグネームを多額の移籍金と好待遇で獲得する、いわゆる“爆買い”だが、今回はその中国の「女子サッカー」について取り上げる。

 
 中国浙江省を本拠とする杭州女子倶楽部(以下、杭州女子)は、中国足球協会女子足球聯賽(以下、中国女子リーグ)2部に所属するチームだ。今回、急遽特別にチーム帯同を許可され、この機会を逃すまいとバタバタと杭州へ飛んだ。チームとは四川遠征帰りの杭州蕭山空港で合流、密着取材がスタートした。
 
 浙江省の省都・杭州中心から南西へ約90キロ、チームバスに同乗し1時間半、到着した桐廬県に構える「杭州市足球運動管理中心」が彼女たちの活動拠点だ。到着早々にその施設を見せてもらったのだが、重厚感のあるクラブハウス棟、スタッフや選手が生活する寮棟、公式戦も行なうメインスタジアム(体育場)と天然芝3面+人工芝1面の練習グラウンド、人工芝屋内練習場、トレーニングジム等を揃え、施設全域を24時間体制でカメラ監視するセキュリティも万全で、ハード面の充実は驚愕だった。
 
 中国女子リーグには16チーム(1部/8クラブ、2部/8クラブ)が所属し、チームは各省体育局が保有、どこも同じ規模の施設を持っているらしい。また地場の有力企業がスポンサードしていることが多いという。
 
 杭州女子のヘッドスポンサーは「ランダー・スポーツ・デベロップメント(莱茵達体育発展)」(以下、ラインダ)。杭州市に本社を持つスポーツ系不動産開発会社だ。会長のガオ・チーシェン氏は役人出身、1990年代に不動産業界に進出し、中国バブルの恩恵を受けて財を成した富豪。近年では、海外カジノリゾートや各種スポーツイベント等へ投資を行ない、また最近では、英プレミアリーグ・サウサンプトンFC買収に向けて潤沢な資金を準備して臨んでいるとも報じられている。
 
「杭州は2022年アジア競技大会開催が決定しており、ラインダは浙江省体育局や組織委員会と連携してクラブ施設拡大を計画(スタジアム新設+練習グラウンド9面)、男子チーム新設やアカデミー組織強化等、浙江省体育発展のための計画を持っている」とチーム強化担当者は誇らしげに話してくれた。
 
 また毎年春節(旧正月)に行なわれるチーム新年会は、今年の会場は、昨年9月のG20杭州サミットで世界トップが集った杭州国際博覧センターの大広間で行なわれたそうだ。総じて金満クラブであることには誰の眼にも明らかなのだが、注視したいのは、この話すべてが女子2部に所属する一省のクラブのものであることだ。女子1部や男子リーグなど、中国サッカーを取り巻く環境がどれだけの規模感で動いているのか、想像するだけで鳥肌が立ってしまうスケールなのだ。
 
 日本の環境に慣れ親しんでいる筆者には“夢物語”のようにも聞こえてしまう話から、少しチームの現状に話を戻したい。
 
 悲願の1部昇格へ向けてシーズンを戦っている杭州女子は今季、監督にオランダやタイで海外指導歴を持つ林雅人、GKコーチに末藤暢晃を、また助っ人には、なでしこジャパンで代表100キャップを誇る近賀ゆかりを招聘、日本人がチームを引っ張っている。
 
 大一番を控えた前日練習、若い選手が多いチームの中で目を輝かせながら練習に励んでいた近賀には“中国女子サッカー”はどう見えているのか、話を聞かせてもらった。
 
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――(イングランド、オーストラリアに次いで)海外3か国目となる中国でのプレー、移籍を決断した一番の要因は何だったのでしょうか?
 
「日本にはないものがあると思ったんです。毎日天然芝のグラウンドで練習ができるとか、チームメイト皆がプロ選手で“昼間に全員で”練習ができるとか。日本女子サッカーでは当たり前ではないことですからね」
 
―――チームへ合流して4か月が過ぎました。チームメイトと毎日一緒に過ごす全寮制には、馴染めていますか?
 
「長い合宿をしている感じです。食事が毎日、庶民派の中華料理でキツイ面もあったり(苦笑)ただ外国人選手として一人部屋(中国人選手は二人部屋)を用意してもらっていますし、何よりチームメイトの優しさと人懐っこさに助けられています。彼女たちの影響で今まで持っていた中国の方へのイメージがかなり変わったくらいに親切なんですよ」
 
――世界を獲ったこともある近賀選手には“中国女子リーグのレベル”は日本女子サッカーに例えるとどのカテゴリーに相当すると感じていますか?
 
「中国1部がなでしこ1部下位から2部上位くらい、私がプレーする中国2部は、なでしこ2部の中位くらいですかね。ただやっているサッカーは異なりますよ。こっちの局面でのガツガツさは半端ないですから」
 
――中国での生活にはびっくりすることが多いのでは?
 
「ハプニングは多いですよ。一番驚いたのは、部屋のシャワーから真っ茶色なお湯が出てきたことですかね。その日は移動日で、練習後直ぐに準備して出発しなければならなかったので余計に焦ったというか。後でチームメイトへ話したら皆もそうだったらしいのですが、彼女たちは動じないみたいな(笑)」
 
 2017年7月9日、目下無敗でリーグ首位を走る武漢をホームへ迎えた一戦が行なわれた。勝点6差で追う杭州女子は、昇格レースに踏みとどまるには是が非でも勝ちたい大事な試合だった。午前中の代表者会議で午後4時キックオフが確定、気候を考慮して試合当日の朝に試合時間が決まる辺りも実に中国らしい一面を感じた。
 
 試合は0-4の完敗だった。最初の失点場面、相手の攻撃を防いだGKがキックフィードしようとモーションを取った際に背後に居た相手FWに気が付かずボールを奪われ、そこから失点してしまう。それまでは完璧に近い試合運びで相手を嫌がらせていただけに悔やまれるプレー、それで空気が変わったことは否めなかった。
 
「四川でのアウェーゲームから移動して中2日での試合、怪我人や体調不良者が多い中でやり繰りしてのトライだったけど、上手くいかなかったね」とは試合後の林のコメントだ。悔しいだろうが、この臨戦態勢での敗戦に選手をかばった。
 
 試合前の中国人通訳スタッフとの立ち話、「私がここへ来た2年前よりも格段に選手は成長していることを感じています。日本人スタッフや選手のお陰であることは間違いありません」と話してくれた。体育局所属の指導者が指揮することがほとんどの中国女子サッカー界で、中国女子リーグ2部で外国人監督は林ただ一人(1部には2名)らしいのだがが、チーム改革に日本人がひと役買って評価されていると聞かされ、なんだか嬉しくなった。
 
“足球”大好きな人民国家主席の肝いりで施行された「中国足球改革発展総体法案」のもと、中国全土で急速に環境整備や育成組織の強化が図られ、そこへ地元企業が資金協力してオラが街のチームを全国区へ押し上げていく。聞いてはいたのだが、この“中国式新強化スキーム”を肌で感じられた貴重な帯同取材となった。
 
「昔の強さがなくなった」とも言われる中国女子サッカーだが、大陸的分母ゆえの素材量は脅威であることに変わりない。バブルマネーを注ぎ込んだ強化策が花開く時はいつなのか、“眠れぬ獅子”の動向には引き続き注視していきたい。
 
取材・文:佐々木裕介