7月15日に来日したセビージャが、17日にヤンマースタジアム長居でセレッソ大阪と対戦。3-1で勝利を飾ったが、試合内容ではスコア以上の差があった。
 
 彼らの戦い方は、瞠目に値した。C大阪の選手にマンツーマンで襲いかかり、息も付かせない。そして打ち寄せる波のように、何度も攻撃を繰り出したのである。
 
 セビージャの新監督に就任したエドゥアルド・ベリッソは、マンツーマン戦術を信奉している。
 
 これは基本的にディフェンス戦術のひとつであり、その昔は主流とされていた。対面する特定の相手に対し、1対1で守る。ボールを持った相手に吸い付き、強度の高い守備を仕掛けて、相手のミスを誘発するのだ。
 
 しかし、90年代になると、マンツーマンは「時代遅れ」といわれた。代わって台頭したのが、ゾーンディフェンスだ。それぞれの選手が自分の持ち場を決め、そこに入ってくる敵を叩く。お互いが連係し、チャレンジ&カバーで守る。
 
 これによって、1対1でボールを奪うことができなくても、失点のリスクを減らすことができる。また、各ポジションに選手がバランス良く散らばることで、いざ攻めに転じる時も、形を作りやすい。ゾーンはリスクが少なく、効率的と言える。
 
 一方、マンツーマンは、1対1でボールを奪ったらチャンスになるが、逆に自陣で相手に抜き去られてしまったら、(カバーがいないため)一気にゴールまで持ち込まれかねない。まさに危険と隣り合わせの戦術であり、90分間を通して見た場合、リスクは高い。
 
 しかし、ベリッソは全く違った発想で、チームを作っている。
 
「90分間、攻め続ける」
 
 その理想は、もはや詩的と言ってもいい。ベリッソのチームは、未踏のスペクタクル性に挑んでいるのだ。
 
 事実、昨シーズンまで率いたセルタでは、レアル・マドリーやマンチェスター・ユナイテッドのようなビッグクラブを相手にしても、一歩も引いていない。ピラニアのように食らいつき、危険を顧みず、攻め続ける意志を示した。
 勇敢さ――。それも、ベリッソのチームを読み解く鍵になる言葉だろう。恐れず、前にボールを運ぶ。失ったら、一人一殺で取り戻し、攻撃に転じる。マンツーマンは守備戦術でありながら、攻撃するために、できる限り早くボールを奪い返す手立てなのである。
 
 言い換えれば、ポゼッション能力にこそ、その真髄はある。さらに言えば、ボールを失わずに回すだけでなく、敵マークを剥がせるか、という個人能力も欠かせない。ベリッソのマンツーマン戦術の眼目は、1対1で攻守両面において勝利し、それをチーム全体の勝利に繋げるところにあるのだ。
 
 この戦術を運用するには、知性も必要になる。マンツーマンは体力をつけるだけでは遂行できない。
 
 敵チームは、マンツーマンを剥がすためにポジションを入れ替え、スイッチするなど混乱を仕掛けてくる。その時、マークする相手をどこまで追うか判断したり、必要に応じてマークを入れ替えたりするには、戦術的理解が必要になる。
 
 つまりマンツーマンには、ゾーンの思考(スペースの把握)も不可欠なのだ。
 
 この論理は、アルゼンチンの名将マルセロ・ビエルサが編み出したものであり、ベリッソは最も影響を受けているひとりと言えるだろう。セビージャの前任監督であるホルヘ・サンパオリも「ビエルサ・チルドレン」のひとりだが、選手とコーチとしてビエルサに師事した経験を持つベリッソのほうが、師匠の色を濃厚に受け継いでいる。
 
 ベリッソはセルタで、ヨーロッパリーグ(EL)で準決勝まで勝ち進むなど、目を見張る試合もやってのけた。ただ、理論の完成には至らなかった。しかし、戦力が充実したセビージャでは、その理想に近づけるはずだ。
 
 大阪での一戦が試金石になるか。時代遅れの戦術革新が、新たな旋風を起こすことになるかも知れない。
 
文:小宮 良之
 
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、今年3月にはヘスス・スアレス氏との共著『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』(東邦出版)を上梓した。