VVVフェンロをコーチとして1部復帰に導いた藤田俊哉。そのVVVとの付き合いは、じつに3年半になる。ヨーロッパで監督になる、という目標実現に向けて、いかなるステップを踏むべきか。この数か月間ずっと悩み続けてきた藤田が、自身の去就について決断を下した。
 
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――藤田俊哉さんがコーチを務めるVVVフェンロの2部リーグ優勝から約2か月が過ぎました。シーズンオフはどのように過ごしていますか。
 
 シーズンが終わってVVVの優勝記念ツアーがあって、バルセロナのホーム最終戦を観に行った。クラブ旅行というのは初めての経験だったからとても新鮮だった。そのうえ、乾貴士が2ゴールを決めてくれたから、とても充実した旅行になった。いまは日本に戻って家族とゆっくりしているところだよ。
 
――オランダに渡って3年半でリーグ優勝を果たしたことについて、改めてどのような思いを持っていますか。
 
 感動的な出来事、としか言いようがないよね。選手としては経験したことがあったけれど、指導者になっては今回が初めての経験だから。エモーショナルな瞬間だったと、チームメイトのみんなと話したけれど、その言葉どおり、本当に“感動的な瞬間”だった。このことは一生忘れることはないよ。
 
――来季、VVVはエールディビジ(オランダ1部リーグ)で戦います。藤田さん自身はどんなチャレンジをされるつもりですか。
 
 難しい決断だったけれど、今シーズン限りでVVVを退団することを決めた。
 
――いつ頃、決断したのですか。
 
 ずっと前から悩んでいた。VVVのハイ・ベルデン会長とは、自分がこのクラブにやって来た時、「エールディビジへの昇格を目指そう」と約束した。3年半かかってしまったけれど、当初の約束も果たすことができたし、ここで新しい挑戦をする時期なのかな、という気持ちがあった。
 
――新たなチャレンジの舞台は?
 
 イングランドのリーズ・ユナイテッド。プレミアリーグではなく、2部リーグに相当するチャンピオンシップに所属している(昨シーズンは13位)。
 
――どのような経緯でリーズ行きの話があったのでしょうか。
 
 昨年の夏に知人の紹介で、現リーズのオーナーを紹介されたのがきっかけ。当時はまだリーズのオーナーではなかったけれど、自分がオーナーになった際には一緒に仕事をしないかって声をかけてもらった。VVVで働くことになったのも、選手時代に知人を通してハイ会長と出会ったのが始まりだったけれど、今回もプレミアリーグ観戦をきっかけにロンドンという街が好きになって、ロンドンを訪れる回数を重ねていくなかで、紹介されたひとりがリーズのオーナーになった。世界を旅していたら、たまたまそういうチャンスに巡り会えたということ。
 
――リーズではどんなポジションになるのでしょう。
 
 肩書きは『Head of Football Development-Asia LUFC』。フロントサイドの仕事をしながら、コーチングスタッフ陣とチームの強化に携わることになる。最終的な目的は“ヨーロッパで監督になること”。そのステップを踏むために、ヨーロッパへ渡ってきて、こうして本場・イングランドを選んだのだからね。イングランドでは監督のことを“マネジャー”と呼んでいる。つまり、監督になるには経営的視点を持つことも重要となる。だから、こうしてチームマネジメントを学びたいと思うようになった。
 
 例えば、アーセン・ベンゲル監督がこんなに長くアーセナルの監督を続けていられるのも、そういった面も長けているからだとも言われている。いわゆる“現場監督”の枠を超えた考え方、ゼネラルマネジャー的な視点を持つことがポイント。フットボールの本場・イングランドには、そういった指導者を目指すにあたって非常にいいお手本がいるし、チームマネジメントを学ぶことができるのも、僕にとってはチャンスだと考えた。
 
――VVVのハイ・ベルデン会長からは引き止められたのでは?
 
 そうだね。ハイ・ベルデン会長はもちろん、監督のモーリス・スタインとも何度も話し合ったのだけど、その際に「来シーズンも一緒にやろう!」と言ってもらえてすごく嬉しかった。VVVに残って、みんなと一緒にエールディビジで戦うこともすごく楽しみでもあった。それと同時にずっとこのままでいいのか……という思いもあった。もともと、自分はヨーロッパのクラブで監督になるために、オランダへやってきたからね。結論から言えば、いまが一番いいタイミングだった。
――VVVとの関係はどうなるのでしょう。
 
 リーズ行きのことは、VVVの会長も理解してくれたし、VVVのモーリス監督も「いつかまた一緒にやろう。次は俺がコーチで、俊哉が監督でもいいよ!」と冗談を言いながらも、すごく応援してくれている。これからも自分が協力できることはするつもりだしね。VVVとの関係はこれからも続くし、将来的にVVVに戻ってくる可能性もあるかもしれない。
 
――リーズでの当面の目標は?
 
 まずは、監督になるための準備を整えること。これはオランダとイングランドの両サイドから継続してやっていくつもり。日本で取ったS級指導者ライセンスが、UEFAのプロコーチライセンス(最上級ライセンス)への書き換えがまだできていないから。もうひとつは、さっきも話したように、チームマネジメントを学ぶこと。そして、リーズというクラブを拠点に、とにかくいろんな世界を見てみたいし、その世界のトップがどうなっているのか、そのことに興味がある。とにかくイングランドというサッカーの本場で、僕が「どれだけできるのか?」ということが問題ではなく、「感じることができる!」というのが、僕にとってとても魅力的なことなんだ。
 
――人生において、重要な決断を下す際のポイントはなんでしょう。
 
 なぜその道を選んだのかって聞かれても完璧な説明なんてできない。自分がやりたいって思うことに素直に進むようにしているだけだから。VVVの時だってそう。あの時、オランダで挑戦したいと思ったのも、“直感”で決めたことだった。選手時代も、自分の自然の流れや直感を大事にしてきた。周りの人の道を見て、自分の道を選ぶことはほとんどしてこなかった。
 
――新しいチャレンジへの恐怖心はありますか。
 
 ないと言ったら嘘になるけど、正直ほとんどないんだ。だって自分がやりたいことを選んでいるわけだから。ゆくゆくは自分の立場が明確になるのだろうけれど、恐怖心よりも好奇心のほうが強い。僕の最終的な目標は、あくまでヨーロッパで監督をやること。その自分がやりたいことに対し、できるかぎりのことをするのは当然のことだし、目的を実現させるためにベストを尽くすだけ。VVVに入った時も、コーチになることすらできない状況だったから。
 
――VVVでは、コーチとして6か月間の試用期間を設けられたとか。
 
 そうだった。でも、現場に行ったら話が違っていたからといって、そこで自分のチャレンジを終わらせるなんてできなかった。だから、何でもやるつもりで臨んだ。コツコツと積み上げて正式に仲間入りすることができて、去年はセカンドチームの監督のオファーをもらえた。ライセンスの問題で、セカンドチームの監督になる話は流れてしまったけれど、なんだかんだ言って、VVVの会長と約束していた“1部リーグ復帰”を果たすことはできた。
 
 だから、今回もリーズでどんな状況になるのか分からない。もしかしたら、リーズではなく、提携しているベルギーかスペインのクラブで働くようになるかもしれないしね。でも直面した問題をクリアしていく作業はVVVで経験してきたし、物事というものはつねにポジティブに捉えたほうが、自分にとってプラスになる。また同じような状況を迎えたとしても、またイチから認めてもらうための努力をするだけ。これからもずっとチャレンジしていく人生を歩むことは変わらない。
 
 VVVでは、3年半を通して、素晴らしい経験をさせてもらえて、自分が想像していなかった景色を見ることができた。リーズではどんな景色を見ることになるのか楽しみだよ。1年後、明るいニュースを届けられるように、VVVの時のように、コツコツと努力を続けていきたいね。
 
取材・構成:小須田泰二(フリーライター)
 
■プロフィール
藤田俊哉(ふじた・としや)/1971年10月4日生まれ、静岡県出身。清水市商高−筑波大−磐田−ユトレヒト(オランダ)−磐田−名古屋−熊本−千葉。日本代表24試合・3得点。J1通算419試合・100得点。J2通算79試合・6得点。J1では、ミッドフィルダーとして初めて通算100ゴールを叩き出した名アタッカー。2014年からVVVフェンロのコーチとして指導にあたり、昨季リーグ優勝と1部復帰に導いた。来季よりイングランドのリーズ・ユナイテッドへスタッフ入りする。また、今年7月より藤田俊哉×H.I.S.ブログ『藤田俊哉サロン』がスタート(http://www.sports-his.com/fujitai_column/index.html)。