持って生まれた才覚、商才と言うほかない。
 
 北海道コンサドーレ札幌の新社長に就任したのは、2013年3月のこと。それからのおよそ4年間で、経営基盤を見直して立て直し、新たなアイデアや指標を示しながら、クラブの営業収益を上方修正した。当然、チーム強化費も年々増額させ、着実に戦力を増強。そして昨季のJ2で優勝を飾り、ついに5年ぶりのJ1昇格を掴んだ。
 
 野々村芳和、45歳。誰に対してもオープンで、聞く耳も伝える話力も持つ、生粋の兄貴肌だ。
 
「こないだ取材に来てくれた方が、僕の選手時代のコメントを見せてくれたんですよ。コンサの頃の。そうしたら、『一回もボールに触らなくても勝たせる選手になりたい』って言ってたらしい。そんなこと言ってたのか、面白いなと思って。社長業と言っても、いまもそんな感じなんですよ。サッカーには間違いなく価値がある。それだけは信じ切ってるから、あとは目標を達成するためになにができるか。頭を使い、いろんな手を尽くしてます」
 
 名門・清水東高校から慶應義塾大学に進学し、プロの道へ。攻撃的MFとして鳴らし、ジェフ市原、コンサドーレでプレーした。29歳で現役を退き、その後は主にスカパー!でのサッカー解説や番組MCを生業とし、歯に衣着せぬ言動と緻密な分析、親しみやすいキャラクターでファンの人気を得た。
 
 サッカーメディアにおいて不動の立ち位置を確立していた最中、コンサドーレの社長に就任した。引退後も古巣との関係が続いていたとはいえ、突然の転身に、誰もが驚かされた。
 
「サラリーマン経験はまるでないし、リーダー論なんてのも持ってない。苦しい状況にあったクラブを助けたいという想いもあったし、コンサドーレのために、日本のサッカー界のために、僕なりにできることがあると考えた。現役時代はずっと1年契約。メディアの仕事にしたって年契約があるわけじゃないし、解説にしても良ければ次もお願いしますって感じ。でも株式会社の社長って、任期が2年なんですよ。じつは生涯初の2年契約だったんです(笑)」
 
 親会社から派遣された社長ではない。既成概念やしがらみに囚われることなく、思うがままに邁進してきたという。ただ、核となるフィロソフィー(哲学)にブレはない。
 
「根本的に、日本におけるサッカーの価値みたいなものって、まだ多くのひとに分かってもらえてないと思う。勝ち負け以上に大事なもの。サッカーのコンテンツとしての力を、まだ知らないひとたちにも伝わるように活動しなければならない。それが売り上げ増につながって、観客増につながる。で、いい選手が獲れて、チームが強くなっていくサイクル」
 
 Jクラブの経営者として、予備知識は皆無だった。どこかの社長やビジネスメソッドの成功例をモデルにしたのだろうか。
 
「ないですね。まったくない。とかくスポーツビジネスとなると、よくアメリカ的なことを真似したほうがいいと言われる。たしかにエンターテインメント性はなくてはならないけど、そこで競争するものではないと個人的には思っている。
 
 例えば、コンサドーレにはコアなファンの方が1万人くらいいる。それを3万、4万、5万にするのが我々のまずなすべきこと。それくらいのファンが常にいたうえで、次に、エンターテインメント性のところで『どこ行こうかな?』ってひとに目を向ける順番。地域のクラブに携わると、こんなに幸せなことがあるんだよってことを知ってもらわなければいけない。
 
 すごい選手がひとりいて、お客さんをたくさん呼ぶのもひとつの手だろうけど、根本はぜんぜん違うところにある。勝ち負け以外のところで、本当のサッカー文化をどう作っていくかを考えないと。例えば自分の子どもの発表会があるなら、大雪でも観に行くわけじゃないですか。クラブにも、そうした価値を見出してもらわないといけない」

【PHOTO】札幌が誇る美女ダンスチーム『コンサドールズ』
 
 コンサドーレの魅力をいかにして伝えるか。社長が「手っ取り早い方法」として重要視したのが、テレビの力だった。

 大手広告代理店と契約し、道内でのメディア戦略を大々的に展開。ローカル放送とはいえ、全ホームゲームを地上波で放送しているのは、すべてのJクラブを見渡してもコンサドーレだけである。
 
「視聴率はさほど高くないけど、例えば7パーセントだとして、北海道の人口が500万くらいだから、だいたい35万人が観た計算になる。それって1年間で来てくれるお客さんの数より少し多いくらい。露出によってこんな効果がありますよと、対外的に数字で見せることもできて、スポンサーセールスにも有利に働く。
 
 ひとも箱もあって、ローカルメディアも揃ってる。そうした土壌なり環境はあるんですよ。だから、もっと成長していけると思ってます」
 
 実際、営業収入の数値はぐんぐん伸びている。それでもJ1で戦い抜くための強化費は足りないと、社長は苦笑する。
 
「現場に使えるお金が数億円違うだけで、かなり結果が変わってくる。それを身に沁みて感じてます。僕が最初に来た時、選手や監督の年俸など強化に使えるお金は3億円くらいしかなかった。J3に落ちちゃう可能性がある額ですよ。それが今季は、12から13億円。だから戦えてる。でもJ1にしっかり残るには、15億円以上はないと厳しい。自分の中で、そう線引きしてます」
 
 昨季のコンサドーレのチーム運営費は約7億円で、これはJ2で7番目の額だった。ところが、倍に近い数値の清水エスパルスやセレッソ大阪を抑え、見事に優勝。社長は「もっと評価されていいスゴイこと」と語り、こう続ける。
 
「安い金額で勝たせる努力をしなければいけないけど、やはり経営者としては、しっかりそこに投資できるクラブのサイズにすることのほうが大事。J1だとレッズが25億で、FC東京やアントラーズが20億。ぜんぜん違いますよ。
 
 僕が来てから、営業収入は10億、13億、15億、19億と上がって、昨季は26億くらい。それを35億にまで持っていかないと、線引きの15億には届かない計算。大変だけど、なによりもそこを早く実現させたいですね。となれば、J1でもトップ10に入れるか入れないかくらいになれる」
 
 話をしていても、他のJクラブ社長であればモゴモゴしそうな金額面の話が、次から次へと明瞭に飛び出してくる。こうした隠し立てのないオープンなトークを、様々なシチュエーションで展開しているのだろう。だからこそ、ひともお金もアイデアも集まってくるのだ。本人は認めないだろうが、天賦の才だと感じる。
 試みは多岐に渡る。例えば、タイの英雄・チャナティップの獲得だ。もちろん純粋にチーム強化の一環として迎えた好タレントだが、そこには社長ならでは狙いがあった。単なるアジア戦略うんぬんの話ではない。
 
「アジアの選手を獲ることで、コンサの試合が向こうで放送されたり報道されますよね。それ自体にクラブとしての大きなメリットはないにしても、北海道のシティプロモーションにはきっとなる。コンサドーレってそういう価値もあるんだと、通常は関係してない業種にもアピールできるかもしれない。そうやっていろんなところに価値を広げていければ、自然とでっかくなると思う」
 
 ほかにも、今春から「バドミントン」のチームを新たに発足させ、サッカー以外の競技もクラブ内に取り込み始めた。いずれは「すべてのスポーツをやろうと思ってます」(野々村社長)と、想定するスケールは大きい。
 
 さらに最近は、供給の自由化により成長産業となっている電気事業にも共同参入した。その名も『エゾデン』。道内での地産地消を掲げ、収益を北海道のスポーツ振興に還元するなど、独自の路線でアピールを続けている。
 
 週末のJ1再開を前に、コンサドーレの順位は下から4番目の15位。ぎりぎりで降格圏を免れている。強化サイドは得点力不足を補うべく、今夏に元ジュビロ磐田のFWジェイを獲得した。加えてここからはチャナティップが本格参戦し、稲本潤一をはじめ負傷離脱者も続々復帰と、戦力に不足感はない。巻き返しに向け、上昇ムードが漂う。
 
「打てる手は打った。うまく噛み合えば面白くなると思うんですよね。まあ正直、さっきも話した強化の額だけで見るなら、うちはまだ降格圏の中にいる。なんとかチーム力で、残留を勝ち取りたい」
 
 野々村社長が描き出す「理想郷」は、きっと揺らがない。はたして北の大地に根付きつつあるサッカー文化は、いったいどんな花を咲かせるのだろうか。
 
 類稀なる斬新なトライを、これからも注視していきたい。
 
取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)