7月19日から23日にかけて、カンボジアの首都プノンペンでU-23アジア選手権予選J組の試合が開催された。中1日での3連戦に臨んだのは、東京五輪世代のU-20日本代表。2歳年長の選手たちを向こうに回しての戦いとなる中で残した戦績は2勝1敗。グループ1位の座は、この世代としてはアジアの公式大会で初黒星を喫することとなった中国に奪われ、各組2位の10チーム中5位(6位までが突破)に滑り込む形でなんとか予選を通過した。結果は、決して褒められたものではない。試合内容自体も悪かった。
 
 もとよりU-23アジア選手権の開催国でもある中国は、この年代の強化に注力している。DFコ・ジュンイ、FWデン・ハンウェン、ワン・ジンビンといったA代表キャップを持つ選手も参戦し、そのA代表を率いるマルチェロ・リッピ監督も視察に訪れる力の入れようだった(ちなみにコ・ジュンイとワン・ジンビンはどちらも元Jリーガーだ)。
 
 日本でいえば、この世代のA代表経験者、つまり南野拓実や井手口陽介が参戦してきているようなものである。MF原輝綺が「相手はすごく力のあるチームだった」と語ったのも、うなずけるところではある。
 
 対する日本は東京五輪を見据えて年下のチームでの参戦。加えて、J2リーグが開催期間中ということでU-20ワールドカップメンバーからFW岩崎悠人(京都)、DF冨安健洋(福岡)、杉岡大暉(湘南)といった選手を欠き、さらにMF堂安律(フローニンゲン)はオランダ移籍直後のために不参加。エース格のFW小川航基(磐田)は依然としてU-20ワールドカップでの負傷が癒えず、久保建英(FC東京U-18)も過密日程が続いたことを考慮して招集外になっていた。特に攻撃陣がやや駒不足ではないかという懸念の中での大会入りだった。
 
 大会前から内山篤監督は中国をグループ内最大の強敵と見なし、この第3戦に照準を合わせる形で選手起用をマネジメント。フィリピンとの第1戦にあえて代表経験のない選手を多数先発させて主力選手の起用を散らしながら、中1日の3連戦での3戦目に備えることとなった。
 誤算は幾つかあった。ひとつはA組のスリランカが出場を辞退してしまったことで、3チームで構成されるグループが生まれ、各組2位同士を比較する際に「4位チームとの対戦成績を削除する」ことになったこと。これで日本は初戦のフィリピン戦で稼いだ8-0の得失点差アドバンテージを喪失。中国戦は「負けたら敗退(かもしれない)」という微妙な状況になってしまい、やや余裕のない試合運びを強いられることになってしまった。
 
 また、不在の選手が事前にフォーカスされていた一方で、参加した常連組にとっては逆にモチベーションという点で難しい面もあったかもしれない。フィリピン戦を終えたあと、ある選手が「相手が弱すぎる」とこぼしていたように、世界大会を意識してトレーニングに励んできた選手たちにとって第1戦のフィリピンも、第2戦のカンボジアも、物足りなさを覚える相手だったのは間違いない。こうした“世界とのギャップ”は第3戦の前半がなんとも“ぬるい”空気になってしまったことと無縁ではないように思う。別に油断していたわけではないだろうが、テンションが最高潮だったとは言えまい。
 
 一方、中国のテンションは実に高かった。メインスタンドをほぼ埋めていた熱烈な応援による後押しに加え、彼らにとっては日本相手の活躍は自身の武名を高める絶好機。2戦目までの結果が悪かったことで、「勝つしかない」と開き直れていたこともポジティブに作用しているようだった。攻守両面でのアグレッシブなプレーぶりは彼らのチャレンジャー精神の裏返しで、どうにも気持ちが守りに入っていた印象の強い前半の日本とは対照的だった。
 
 結果として突破できてはいるので、この点はポジティブに捉えておくべきだろう。五輪世代は国際親善大会も乏しく、強化の機会が絶対的に少ない。今回の中国がそうだったように、日本相手にむき出しの闘志で向かってくる相手との実戦機会を失わずに済んだ意味は、“3年後”に向けて僥倖だった。
 
「年上とはいえ、アジアでもまだまだ差がある部分があるというのが見えた。やっぱり簡単に勝たせてはもらえない」と原が語ったように、もう一度“アジア”に対して謙虚になれたことも、来年1月の本大会に向けて、結果としてポジティブに作用する可能性もある。新監督を迎えて臨むことになる同大会で、まずはどこまで勝ち抜けるか。2年前の同大会で、“手倉森ジャパン”初陣時は準々決勝での敗退となったが、今回はその上のステージまで体感しておきたいところではある。
 
取材・文:川端暁彦(フリーライター)