前節に福岡を倒した勢いで今節も首位に立つ湘南を撃破し、優勝戦線に名乗りを上げたかった3位の徳島だが、果たしてそれは叶わなかった。細かなポジショニングの取り直しを徹底してボールホルダーに対して近い距離感を保つことを前提とし、個人の技術とアイデアでゴール前まで崩していくシーンを見せることはできた。しかし、最後の精度の部分を出す前に湘南の圧力に屈した場面もある。
 
「球際やルーズボールの激しさや執着心というのはJ2でも一番強いと思うし、実際にそう感じた。終始向こうのゲームというか。勝っていたかなと思います」
 徳島の主将・岩尾憲はこう語った。
 
 その岩尾にとって湘南はプロキャリアをスタートさせた忘れられない思い出の場所である。
「ここのスタジアムの雰囲気などは身体が覚えている部分もありますし、すごく楽しく気持ちよくプレーできました」と振り返った。
 
 素早くボールを動かしゴールに迫る魅力あるサッカーを展開し、J1昇格争いを繰り広げるチームの中でキャプテンマークを巻いている彼に対するチームの信頼は厚い。
「安心してボールを預けられるし、やりやすい」とCBの大崎玲央が語れば、ある選手はこう言う。
「他のポジションはいるけど、憲くんのところは絶対に替えが効かない」
 
誰もが認める絶対的な存在となっている岩尾であるが、彼は決してエリートではない。
 
 全国的には無名の群馬県の西邑楽高を経て日体大に進学後、そこでの活躍が評価されて新卒で入団したのが湘南だった。しかし、度重なる負傷もあって最初の3年間でわずか15試合の出場にとどまっている。圧倒的な強さでJ2優勝を果たした2014年こそ23試合に出場したが、中心選手にまで上り詰めたとは言い難い。
 
 そんな彼の転機は翌年の水戸への期限付き移籍だった。ここで41試合に出場し2得点と、フルシーズンを主力として戦ったことで自身の能力と価値を対外的に広く知らしめることに成功したのである。
 
 個人的な話で恐縮だが、知りあいの水戸のサポーターからも
「岩尾ってめちゃくちゃいい選手じゃない?」
「彼はこのままいけば代表までいけるんじゃないかと思った」
などという言葉も、直接かけられた。
 
 もともと中盤の底から高い技術でゲームを組み立て、長短のパスで決定機を作ることには長けている選手であった。
 
「上手かったよ、もともと」と語ったのは現在リハビリ中である湘南の主将・高山薫だ。彼の目には徳島で獅子奮迅の活躍をする岩尾の姿にまったくの驚きはないようであった。ちなみに彼らは2011年に新卒で湘南の扉を叩いた、同期入団同士である。
 
 高山がこうは言うものの、やはり試合数や得点などの数字を見れば、岩尾が湘南で残したインパクトは小さい。言ってしまえばチーム内の競争に勝てずに外へ行ったのだから、彼がここまでの選手になると予想していた者もほとんどいなかっただろう。そんななかで、今やJ2屈指のゲームメーカーとして名を馳せている。
 チーム序列の中で“下”を経験する期間は長かった。だが、岩尾がここまで来れたのは先に名を出した高山含め、湘南の仲間たちの存在が大きかったと彼自身が言う。
 
「彼らがいなかったらここまで僕は歩けていないと思う。それは今でもそうです。薫が柏に行ったり、(永木)亮太が鹿島に行ったり。三竿もそうですね。湘南から(遠藤)航や(菊池)大介もビッグクラブへ行った。『活躍してない』という人はいると思いますけど、僕にとってはそのステージにいること自体が凄いので。そういう人たちに追いつけるように、時間を無駄にしないようにやっているつもりです」
 
 湘南での4年間は「苦しい時間」だった、と彼ははっきりと言う。ただ、その時期があったからこそ、徳島では“絶対的”な地位を築けている。
 
 試合に出られず燻り、自信もモチベーションもなくす選手が多いかもしれない。そういう選手たちにこそ、彼の姿を目に焼き付けて欲しい。
 
取材・文:竹中玲央奈(フリーライター)