上州のタイガー軍団を束ねる前橋育英のキャプテン、田部井涼の目に涙は無かった。
 
 昨年度の選手権決勝で青森山田に0−5に敗れて以来、新チームは『打倒・青森山田』と『日本一』のふたつを目標にスタートをした。田部井涼はそれを達成すべく、春先からチームに厳しい目を向けて、周囲に声を掛けてきた。
 
 迎えたインターハイ。チームは3回戦で青森山田を撃破し、もうひとつの目標である日本一に突き進んでいた。しかし、準決勝で流通経済大柏の壁に阻まれる結末となってしまった。
 
 この試合、セットプレーから2年生CB関川郁万に高い打点のヘッドを決められてしまう。55分にはFW 高橋尚紀がPKを獲得し、同点にするビッグチャンスを迎えるが、高橋の放ったキックは、流通経済大柏GK薄井覇斗のビッグセーブに阻まれた。
 
 これまで3試合連続で相手に先制を許すも、追いつき、試合をひっくり返して来た前橋育英だったが、同じことが4度は続かなかった。0−1のまま試合は終了し、優勝候補筆頭は準決勝で姿を消した。
 
 悔しさに沈むチームにおいて、田部井はしっかりと現状を受け止めようと、前を向き、試合後のミックスゾーンでも冷静に立ち振る舞った。そのなかで、彼は大きな気付きを得た。それはPKのシーンに話が及んだ時だった。
 
 試合後、PKのシーンについて山田耕介監督が「なぜ涼が蹴らなかったのか?一番大事な場面で、どうしてそうなったのか分からなかった。3年生が『涼が蹴るんだ』と言ったり、涼自身が『俺が決める』と主張すべきだった」と発言をしたことを受け、田部井はこう口を開いた。
 
「PKを獲った選手が蹴るのが、育英の暗黙の了解でした。それに(高橋)尚紀も練習では普通に上手くPKを決めていたので、『託した』感じです。外したという結果を見ると、僕が蹴っても良かったと思いますが、そこは尚紀に託しました」
 
 確かにPKを獲得した選手が蹴るのは、どのチームでも往々にしてある。山田監督もそこは「理解できる」と話をしていた。だが、あのPKはただのPKではなかった。0−1と負けており、残り15分という危機的状況で得たものだった。山田監督が試合後すぐに苦言を呈したのも、負けたら終わりのトーナメントで、『暗黙のルール』を破ってでも、勝負に徹する気概を見せて欲しかったからだった。

【インターハイ男子準決勝PHOTO】前橋育英0-1流経大柏|流経大柏が決勝進出!

 そのことを田部井に伝えると、彼はしばらく考え、間をあけてから、こう続けた。
 
「監督の言っていることも凄く分かります。いま思うと、試合中にそこまで考えられなかったというのが正直なところです。こういうゲーム展開になることは、前々から分かっていなので、試合前に『PKになったら誰が蹴る』まで話し合っていれば、もっと上手くゲームを進められたかもしれない。僅差の勝負はそういうところで分かれるんだなと思いました」
 
『勝負に徹する』、『勝利の神は細部に宿る』という言葉があるが、今日の試合は、前橋育英にとってその意味が少し理解できる内容だったのかもしれない。少なくとも田部井は理解しようとしていた。
 
「細かいことの積み重ねが僅差の勝負を左右する。勝負に対するこだわりを、流通経済大柏はすべてやっているように見えました。僕たちもやっているつもりでしたが、失点やPKの場面を見ても、足りなかったと思います」
 
 PKを外した高橋だけの責任ではない。もっといろんな事態を想定してミーティングで意思疎通をしていれば、結果は違っていたかもしれない。指揮官の言葉は、一見残酷に聞こえるが、愛のある重要な教えであった。
 
「選手権に向けて、もう一度積み重ねて行きたいと思います」
 
 キャプテンとしてやるべきことに気付けた田部井。この経験と教えは、彼をよりリーダーとして成長させるだろう。妥協を許さない、勝負にこだわったリーダーとして。冬には、やり残した目標である日本一に向け、より隙の無い『最強軍団』の先頭に立つ彼の姿が見られるはずだ。
 
取材・文:安藤隆人(サッカージャーナリスト)