鳴り物入りで加入しながら、期待外れに終わった“助っ人”を紹介する不定期の新連載。その第1回は、2000年夏にコリンチャンスからインテルへ加入したMFヴァンペッタだ。
 
 ブラジル代表のレギュラークラスへと成長し、メガクラブで成功するという野望を持って欧州に再上陸した26歳は、しかしわずか半年間でミラノを後にする結果に……。
 
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 2度目の欧州挑戦だった。

 20歳で渡ったオランダのPSVでは、レンタル生活を強いられ、一旦ブラジルに帰国する。98年にコリンチャンスで国内リーグ優勝に貢献して評価を上げ、その年にブラジル代表で初キャップを刻むと、中盤で攻守に存在感を発揮。瞬く間にレギュラークラスへと上り詰めた。
 
 そして2000年夏、インテルへの移籍が決まる。満を持してのヨーロッパ再挑戦となったヴァンペッタは、PSV時代とセレソンの同僚で仲も良かった“怪物”ロナウドとのホットラインも期待された。
 
 幸先は悪くなかった。デビュー戦となったラツィオとのイタリア・スーパーカップで、いきなりゴールを挙げたのだ。輝きを見せたのは、しかしこの試合が最初で最後となった。
 
 ツイていなかったのは、この時期のチーム状態が最悪だったことだ。ヴァンペッタが加入する直前には、チャンピオンズ・リーグの予選3回戦でヘルシンボリ(スウェーデン)にまさかの敗退。マルチェロ・リッピ監督への逆風が強まっていた。
 
 迎えたセリエAの開幕戦、またしても格下のレッジーナに足をすくわれ、リッピは解任されてしまう。スタメンに名を連ねたヴァンペッタも、「プレーが遅すぎる」とファンやマスコミから容赦ない批判を浴びた。
 
 リッピの後任に指名されたマルコ・タルデッリ監督からはまったく信用されず、与えられた出番はUEFAカップの1試合のみ。構想外となり、結局セリエAでは開幕戦以降は一度もピッチに立てなかったのだ。
 
 そしてわずか半年後、ステファヌ・ダルマとトレードという形でパリ・サンジェルマンに放出されたヴァンペッタは、イタリアである“伝説”を残している。
 真偽は定かではないが、ヴァンペッタは「イチモツ」がやたらと大きかったという。あまりにもプレー時間が少なかったため、インテルの関係者にとっては、そのぐらいしか印象に残っていない、ということなのかもしれないが……。
 
 パリSGも半年で退団し、夢破れて失意のうちに母国へ戻ったものの、セレソンにはコンスタントに呼ばれ続けた。そして、02年の日韓ワールドカップで登録メンバー入りを果たすと、5度目の優勝に輝いている(出場は1試合のみ)。
 
 08年に現役を引退し、その後は指導者に道に進んでいるヴァンペッタ。欧州の水に合わなかった南米選手の典型的な例と言えるだろう。
 
文:ワールドサッカーダイジェスト編集部

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