いわゆるゴールデンエイジの面々を一人ひとり訪ね歩く連載シリーズ『黄金は色褪せない』。近日スタートする第5弾のゲストは、天真爛漫な名ドリブラー、ギラヴァンツ北九州の本山雅志だ。
 
 今回も本編に先駆けて、とっておきのエピソードをお届けしよう。長きに渡って互いを認め、高め合ってきた本山と小野伸二。そのグレイトパートナーとの“黄金秘話”だ。
 
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 1998年当時のユース代表には、恒例のショータイムがあった。それは知るひとぞ知る格別の代物で、練習がはじまる直前に開演される。毎度毎度、それが楽しみでしょうがなかった。
 
 ダブル主演は、シンジ(小野伸二)&モト(本山雅志)だ。このふたりの天才テクニシャンは決まってコンビを組み、リフティングのパス交換をしていた。それが兎にも角にも、思わずスタンディングオベーションをしたくなるほど娯楽性に富んでいた。
 
 毎回「これできる?」とどちらかが新技を披露すると、相棒はすぐさま呼応し、3回目、4回目くらいでマスターしてしまう。黄金世代の仲間たちでさえ食い入るように見ている。その極上の空間に割って入る者は、誰ひとりとしていなかった。同じ周波数を持つ者同士だけが通じ合える、言わばテレパシーのようなもの。まさに「お金を払ってでも見たいエンターテインメント」で、その後の五輪代表やA代表でも拝ませてもらった。
 
 本山が振り返る。
 
「ああ、やってたやってた。なんでですかね、べつにいつも決めてたわけじゃないけど、自然とシンジとボールを蹴ることが多かったかな。『これできるようになったんだよね』っていうと、シンジなんかあっさりできちゃうわけですよ。逆の立場の僕はちょっと時間かかりましたけど、シンジは速攻で。もうね、シンジのボールコントロールを観ているだけで楽しかったですから」
 
 小笠原満男は、先日インタビューした際にこう話していた。「俺らの世代はシンジとモト。あのふたりが図抜けて巧かった。だから、(アジアユースまで)俺が試合に出れなかったのはしょうがない」。波長が合うだけでなく、ポジティブシンキングと底抜けに明るいキャラクターも両者に共通するところ。一緒にいると、居心地の良さを感じていたのかもしれない。
 
 だからこそ、1999年のナイジェリア・ワールドユースでも絶妙なハーモニーを奏でた。小野のパスと本山のドリブルが共鳴することで、U-20日本代表の攻撃を彩り豊かなものにしたのだ。あんなに楽しそうにサッカーをするチームはそうそうないが、小野と本山がいればこそのクオリティーだった。
 
 そして本山は、ユース代表のある練習の日、“名パートナー”の衝撃の技巧を目の当たりにするのだ。
 
「そう言えば一度、シンジが遅れてチームに合流した時があって、『俺は今日練習しないから』って、キーパーたちのとこに行くわけですよ。それで南(雄太)とかとパントキックを競ってやるんだけど、その精度がヤバイ(笑)。バチーンって蹴って、すんごい遠くの狙った通りのとこにビシッと行くんだから。おふざけなんだけど、うへーって感じ。もうそんなことでも、こっちにはどんどん刺激になって入ってくる。ホント、同じ時間を過ごせて幸せだった」
 
 オノシンジは、なにをやってもオノシンジなのである。
 
取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

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