前橋育英高を率いる山田耕介監督は過去、数多くの教え子たちをプロ選手に育て上げてきたことで有名だ。古くは山口素弘(現名古屋アカデミーダイレクター)や松田直樹(元横浜ほか)から、近年では小島秀仁(千葉)や渡邊凌磨(インゴルシュタット)といった、多彩な顔ぶれだ。チームとしての実績も確かで、09年にインターハイを制覇。今冬には悲願の高校サッカー選手権初優勝を達成した。
 
 プロで通用する選手たちを育てながら、チームは常に日本一を狙える位置を保つ。しかも、山田監督はサッカー部監督、寮長、学校長を兼務するなかで結果を残し続けている。学校のトップを務めながら、常勝軍団の地位を築き上げている指導者は全国広しといえども、この上州の名伯楽だけだろう。
 
 58歳になった今でも精力的に指導する姿は変わらない。早朝から寮で子どもたちとともに生活し、朝と夕はサッカー部のトレーニングに参加。それ以外の時間は学校のトップとして責務を全うする。これだけでも1日24時間あっても時間が足りないように思えるが、今季からさらに新たな肩書が加わった。それがJ3ザスパクサツ群馬の強化育成アドバイザーである。
 
 もともと、山田監督は2013年からクラブアドバイザーを務めていたが、昨年までは直接チームに関わるような仕事は多くなかったという。しかし今シーズンからは、チーム強化に関わる時間が大幅に増える見込みだ。

 何故、今年から立ち位置が変わることになったのだろうか。それは前橋育英での実績を買われたという点に加え、かつて高校サッカー界でしのぎを削った盟友・布啓一郎氏が今季から群馬の監督を務めるからである。
 
「今年は布先生が来たから、俺ももう少しやろうと(笑)。布先生と協力をしながら、やっていこうと思っている」と山田監督が語るように、市立船橋高で一時代を築き、同い年でもある布監督の存在が就任の背景にあった。

「彼も覚悟を持って群馬に来てくれたから、サッカーに関しては布先生がやりたいようにして欲しい」と新指揮官に全幅の信頼を置いている。だからこそ、自身も何か協力ができないかと考えていた。
 
 また、群馬が今季からJ3で戦うことも決め手のひとつ。山田監督は県内唯一のJクラブに対する想いをこう話す。
 
「群馬のサッカーを盛り上げるためには、前橋育英が選手権で優勝しただけではダメで、ザスパが頑張らないと。プロのチームが結果を出して、いろんな人に勇気を与えないといけない」
 
 前橋育英が全国優勝を成し遂げたことは喜ばしく、優勝パレードまで開かれるほど街も盛り上がった。しかし、結局はアマチュアレベルの話。Jクラブが先頭に立って、群馬のサッカーを盛り上げていかなければ、元も子もないという考えが自身の根底にある。そのような思いから、山田監督は強化育成アドバイザーを引き受け、自らが持つ見識をクラブに役立てようと決心したのだ。

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 では、具体的に山田監督は何をするのだろうか。すると、指揮官はこう答えてくれた。
 「前橋育英から大学に行った選手の情報とか、ほかの高校生の情報をいろいろ持っていることを生かしてほしいと言われている。選手のことが分かるから、ザスパにそのような情報を提供していくことになる」
 
 そういう役割を託された理由には、群馬のスカウト事情が密接に関わっている。これまで、ザスパには他のクラブとは異なり、選手発掘に携わる役職に人材を置いていなかった。「スカウトもいないので、そういうところをやることになった」と山田監督が言うように、これまでは選手を視察しにいくことはほぼなく、新卒選手の情報に乏しかったという側面がある。その慣例を変えるべく、山田監督には今まで培ってきたものをフルに活用してもらい、新卒選手の獲得に尽力してもらおうというわけだ。
 
 今回の就任により、前橋育英のなかでプロに行く可能性を感じさせる選手がいれば、群馬の練習へ積極的に参加させるプランもあるという。
「今年は、うちの選手の練習参加を結構やると思う。布に練習参加させていいかって聞いてね」(山田監督)。
 
 とりわけ、先の選手権決勝で劇的な決勝弾を決めた榎本樹は、その筆頭候補だ。「榎本あたりは、『どうだあいつ』?と布に聞いた上で練習参加はあると思う。榎本はもっと伸びる。身体はまだ細いけど、可能性はかなりある」と186センチの大型ストライカーに山田監督も大きな期待を懸けている。
 
 前橋育英で培った知見を群馬に還元することで、今季からJ3を戦うクラブにどのような変化が生まれるのか。「ザスパに入りたいなというようなチームを作って、クラブがどんどん発展していくことが望ましい」と語る山田監督は、新たなチャレンジに目を輝かせる。今季は前橋育英の監督、校長、寮長だけではなく、群馬の強化育成アドバイザーを加えた四刀流で群馬サッカー界を盛り上げる覚悟だ。
 
取材・文●松尾祐希(サッカーダイジェストWeb編集部)