香川真司の負傷は、当初の想定よりもはるかに重傷だったようだ。
 
 負傷したのは2月10日のハンブルガーSV戦。接触することなくみずからプレーをやめ、引き上げた。ボルシア・ドルトムント広報はスタジアムでメディカルスタッフの治療を受けるとのことだったが、試合後にドルトムント側のロッカーを訪れた酒井高徳は香川に会えずじまいだった。

 
 こののち、クラブおよび香川自身の沈黙は続いた。西野朗・日本サッカー協会技術委員長が「2、3週間かかるらしい」とアジア・チャンピオンズリーグのカシマ会場で漏らしたのが、負傷初期の数少ない情報だった。

 
 2月26日のホームでのアウクスブルク戦、取材したひとによると香川はメディアが待機するミックスゾーンを通過したそうだが、そのときは装具など身に付けず、普通の状態だったという。しかしながら先週3月8日、ヨーロッパリーグのレッドブル・ザルツブルク戦で相手FW南野拓実と言葉をかわすためにピッチに降りた香川を見て、多くの者が驚かされた。左足の患部がっちりと固定装具でガードされていたからだ。
 
 驚いたのは、単に固められていたからだけでなく、装具が大きいため、どうしても重傷に見えることと、1か月経ってもまだこの段階なのかという2点に対してだ。意外に怪我は重く、時間がかかっているのだと感じさせた。
 
 続く3月11日、フランクフルト戦。試合後にフランクフルトのロッカールームを訪れた香川は、長谷部誠と長らく話し込んだ。きちんと測っていたわけではないが、30分程度は部屋にこもったままだったのではないだろうか。ただその対話の前に香川は、「あとでメディア対応はするから」と話していた。最初からこの日は、報道向けに話をするつもりだったようだ。東日本大震災から丸7年にあたって話す必要があると考えていたのかもしれないし、3月下旬の欧州遠征に向けた日本代表のメンバー発表の前では、メディア対応をする最後のチャンスだったからかもしれない。
 
「最初はもっと早く復帰できると思ったけどまあしょうがないですね」と言う。腹をくくったのだろう。
 
「代表でプレーできるチャンスが少なかったなかで、ここで(3月の欧州遠征に)出れないのはすごく残念ですけど、自分の頭の中では切り替えができているし、4月、5月にいいプレーを見せて、しっかりと調整していきたいなと思います」
 昨年末以降、ペーター・シュテーガー新監督の下で好調を維持していた。香川自身、いくら自分のコンディションが良くても不可抗力はあると学んだそうだ。
 
「これもひとつの教訓じゃないですけど、いくら自分のなかで注意したとしても、起こりうることですし。ただそれ以上にもっと気を引き締めなければいけないし、逆にこの段階で良かったです。まあ、ネイマールじゃないですけどね、これが1か月でも遅れていたりしたら、もうワールドカップは確実に無理だった」
 
 意を決してメディアの前に登場はしたが、実際の負傷の詳細には触れていないし、触れようともしなかった。1か月でも遅れていたら、という言葉からすると、本人も予想していた以上に重傷だったのだろう。
 
 こうなると結果論ではあるが、昨年11月に香川を選んでおけば、ヴァイッド・ハリルホジッチ代表監督に多少なりとも余裕が生まれたのではないか、と思わざるを得ない。

取材・文●了戒美子