天下分け目の「関ヶ原の戦い」を、東軍、西軍の布陣配置図で見た場合、軍事的には東軍が勝つ可能性はほとんどないと言われる。

 しかし実際に勝利したのは、東軍の徳川家康側だった。家康は、戦略的に勝利していた。西軍の将たちを口説き、会戦中に戦いに参加しない、もしくは裏切る、という約束を取り付けていたのである。

 西軍の石田三成は、机上における戦術的には勝っていた。しかし裏切りに遭い、戦場はひっくり返った。戦場を見つめながら歯がみしたに違いないが、戦略的に敗れていたのだ。

 勝負とは、しばしばこうしたものである。

 サッカーの兵法においても、戦術的に革新的なアイデアを持っている指導者がいる。理屈では、周りをねじ伏せられる。一つのロジックとしては完全に正しい。つまり、勝利の近道に見える。

 しかし、サッカーは相手があるスポーツなのである。そもそも、同じプレーは二度と起こらない。当然、不測の事態も起こる。
 
 例えば一昨シーズンの欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝、ユルゲン・クロップ監督はリバプールを率い、幻惑的な戦術を見せている。前からボールを奪うプレッシングを作り上げ、奪ったボールに対しては、それを前線で呼び込む速さを持った選手も配置。プレッシングからのショートカウンターも連発した。集団のメカニズムによって、マドリーの選手を圧倒している。

 一方のレアル・マドリーのジネディーヌ・ジダン監督は、押しまくられる自軍を前に、なにひとつ手を打てなかった。ディフェンダーたちがひたすらクリアする。戦術的な差を露呈していた。

 ところが、リバプールは前半30分にエースのモハメド・サラーが負傷交代。途端、勢いは消える。システムが稼働しなくなったのである。

 ジダンはそれを見透かしてたように、一つのメッセージを送っていた。

「私は、おまえたちの力を信じている」

 これが選手に力を与える。心理的な流れを一気に味方につけた。カリム・ベンゼマが前線でボールを収めるようになり、ルカ・モドリッチが中盤でリズムを創り出し、マルセロが左サイドからアクセントをつける。3人の個人によって、マドリーは完全に戦いを押し返した。

「おまえたちを信じている」

 口で言うのは、三流の監督にもできる。しかし、ジダンはフロレンティーノ・ペレス会長に逆らう形で、GKの補強を拒否していた。

「我々には、ケイラー(ナバス)がいる」

 それだけで、全軍に信頼は伝わっていた。

 後半、ジダンは“援軍”を投入している。交代要員には、“怪人”ガレス・ベイルが控えていた。リバプールに一度は同点にされたものの、ベイルが奈落の底に突き落とした。見事、CL3連覇という偉業を成し遂げている。

 日々のトレーニングで、練度を高める。

 それは監督の仕事の本質である。そうやって、チームも、選手も成長するのだろう。ただし、それは勝利を約束しない。

 戦術はしばしば無意味。

 監督はそれを踏まえた上で、戦術に挑み続けなければならない。


文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。