ささやかな照明器具の下で、熱気を帯びる薄暮の練習。前夜の雨であちこちに水たまりが残り、土のグラウンドは荒くて重かった。傍らには水を何度も吸い取り、どす黒くなったスポンジが置かれていた。
 
 第98回全国高校サッカー選手権は私立の静岡学園が優勝を飾り、出場48校のうち35校が私学だった。同選手権・埼玉大会では私立が史上初めてベスト8を独占、その強豪校の多くが良質の人工芝で汗を流している。

 そんな恵まれた環境とは無縁の埼玉県立川口青陵高校サッカー部は、1984年創部のごく平均的なチームで、これといった戦績はまだない。

 現在32歳の山田純輝監督が赴任した1年目は、部員30人足らずだったが、ここ数年は好人材が相次いで入部。就任4年目の昨年は96人の大所帯となり、全国高校選手権・埼玉大会では初の決勝トーナメントに進み、1回戦を突破してベスト30入りを果たした。指揮官は「自分たちで判断してプレーできるチームになり、選手同士の会話も増えた」と、少しずつだが着実な成長を感じ取っている。

 
 山田監督はJリーグ・浦和レッズのアカデミー出身で、ユース時代の同期には宇賀神友弥(浦和)や小池純輝(東京ヴェルディ)、西澤代志也(沖縄SV)らがいた。希望したトップチーム昇格はかなわず、順天堂大学に進んで教員の道を選び、社会人2年目の2011年に埼玉県立滑川総合高校へ赴任。5年間の奉職中に選手権・埼玉大会で2度、決勝トーナメントに進出した。
 
 この4月には川口青陵で5年目を迎えるが、「滑川総合の頃からボールを大切に扱い、ポゼッション重視のやり方は変わらない。中央で作ってサイドで勝負するコンセプトです。陣形も4−1−4−1を基本にボールを握りやすい戦術で戦っています」と説明。新米の頃は薫陶を受けた恩師の教えなどを参考にしたが、いまは独自のスタイルが出来上がった。

 サッカー一家である。弟の直輝も浦和のアカデミーで育ち、浦和時代に日本代表にも選ばれた湘南ベルマーレのMFだ。父・隆さんは第57回全国高校選手権で本郷(東京)が4強入りした当時の中心選手で、日本リーグのマツダ(現サンフレッチェ広島)でもプレーした。そして伯父である埼玉県サッカー協会の岡田泉副会長は、02年から川口青陵サッカー部で14年間、監督を務めていた。
 現3年生が南部支部所属だったU−16リーグ(1年生大会)を県2部へと昇格させ、現2年生は22校中3位と大躍進。S級に次ぐコーチ資格、A級ジェネラルを持つ埼玉の高校指導者は17人だが、山田監督は最年少で取得している。そんな指揮官を慕って中体連の有能な選手が集まってきた。

 中学で同じ学習塾に通っていたこのふたりは、山田監督の存在が決め手となって川口青陵を選んだそうだ。新チームの主将、FW具志堅英が「先生の指導は丁寧ですごく分かりやすい」と言えば、副主将のMF林拓杜は「指示が明確だし、一緒にプレーするとものすごく上手で手本になる」と敬慕する。さらには副主将のMF倉持廣斗も「ためになる教えが多く出会えて良かった」と喜んだ。

 新チームは昨季のレギュラー格が7人も残る。今季は埼玉県国体少年選抜の監督を兼務するなど多忙な山田監督だが、「努力すれば達成可能な選手権予選ベスト8を目ざしたい」と抱負を述べ、新たな歴史を刻む決意を示した。

 サッカーマンに必要な豊かな人間性を備えた指揮官に鍛えられ、まずは開催中の新人大会・南部支部予選での上位進出を狙っている。

取材・文●河野 正