今から22年前の夏。一人の青年が、天国から地獄へと落とされた。当時、マンチェスター・ユナイテッドでカリスマ的人気を誇っていたデイビッド・ベッカムである。

 その甘いマスクもあって、国民から絶大な人気を得ていた23歳のベッカムが、苦境に追い込まれたのは、1998年のフランス・ワールドカップ(W杯)でのラウンド・オブ16のアルゼンチン戦だ。互いに得点を奪い合うシーソーゲームとなった一戦で、47分に“それ”は起きる。

 ピッチ中央で後方からディエゴ・シメオネに倒されたベッカムは、明らかなラフプレーに激怒。うつぶせに倒れたまま足を上げて、相手キャプテンに報復。一連の動作を目の前で見えていた主審はイングランド代表の7番に迷わずレッドカードを突き付けたのである。

 数的不利となったイングランドは粘り、延長戦を含めた120分間をタイスコアのまま終えたが、PK戦の末に“宿敵”に惜敗。そしてしたたかなシメオネの挑発に乗ってしまったベッカムは、メディアから「10人の勇敢な獅子とひとりの愚かな若者」とバッシングを受けるなど、国中から“戦犯”として扱われたのだ。

 4年後の2002年日韓ワールドカップのアルゼンチン戦で、自らのPKでイングランドを勝利に導き、雪辱を果たしたベッカム。だが、98年の出来事は今も貴公子の心に小さくないダメージを残しているようだ。
 
 現地時間7月27日にウィリアム王子が主催したアスリートのメンタルケアに関するサミットで、エバートンの指揮官であるカルロ・アンチェロッティらとビデオ出演したベッカムは、「僕は98年のワールドカップのアルゼンチン戦でミスを犯した。そう誰もが知っているあのミスだ」と当時の心境を告白した。

「あの時の周囲の反応は、ハッキリ言ってかなり残酷だった。もしも、SNSがあの時代にあったら、僕は全く違うことになっていたかもしれない」

 いわれのない批判も受けたことを赤裸々に明かしたベッカム。では、彼はいかにして苦境を乗り越えたのだろうか。元イングランド代表MFは、後輩たちへのアドバイスを交えつつ、こう言い残している。

「僕には幸運にもマンチェスター・ユナイテッドのチームメイトや監督、そして何より家族がサポートをしてくれた。だから乗り切れた。あの時に誰かの下へ助けが必要だと言えたか? それはノーだね。そういう時代じゃなかったから、全てを自分で解決しなきゃいけなかった。だからこそ、今の選手たちには、大丈夫じゃない時には、助けてほしいと言ってほしい」

構成●サッカーダイジェストWeb編集部