かつて「The Invincibles(無敵のチーム)」と呼ばれ、サッカー史に残る黄金期を謳歌したのが、名将アーセン・ヴェンゲルの率いた2000年代初頭のアーセナルだ。

 ソル・キャンベル、アシュリー・コール、パトリック・ヴィエラ、ティエリ・アンリら攻守にタレントが揃ったチームは、2003-04シーズンに前人未到のプレミアリーグ無敗優勝を成し遂げるなど、文字通り敵なしの強さを誇った。

 そんなクラブ史上最高との呼び声も高いチームにあって小さくない存在感を放っていたのが、フランス代表MFのロベール・ピレスだ。2000年の夏にマルセイユから移籍した名手は、多彩な技巧でアクセントをつけ、攻撃に創造性をもたらし、2度のプレミアリーグ制覇に貢献した。

 2006年に退団するまでアーセナルの絶対的な司令塔として君臨したピレス。だが、マルセイユからのステップアップを図ろうとしていた当初は、レアル・マドリーとの交渉も進んでいたという。当時の想いをスペイン紙『AS』のインタビューで本人が明かしている。

「あの時、マルセイユでUEFAカップを優勝したのは本当に光栄だった。そして僕はマドリーと契約するところだったんだ。ユベントスとアーセナルからの誘いを断ってね」
 
 ではなぜ、翻意してノースロンドンへ渡ったのか。ピレスは赤裸々に当時のエピソードを明かした。

「ヴェンゲルが何度も、何度も電話をくれたんだ。それで最終的に彼に説得されたんだ。周りは驚いていたよ。とくに僕の母はスペイン人だから『ロンドンのアーセナルに行く』って伝えたら、『あんたは狂ってる! 英語も話せないのにどうするの。その能力があるなら、スペインに絶対行くべきよ!』って怒られたよ。他の人たちからもマドリーを断るなんて不可能だろって言われたけど、僕はそれをやったのさ」

 マドリー移籍を拒否したことに悔いはないのだろうか。ピレスは次のように答えている。

「僕がビジャレアルに移籍した時にも、ジャーナリストをはじめとする多くのフランス人から『正気か?』と尋ねられた。正直、僕も地図のどこにあるのかさえ知らなかったからそれも納得はできた。ただ、後に振り返ってみて、かなり居心地がいいクラブだったし、ここでプレーするためにマドリーを断ったんだと思えたね」

 名伯楽の熱烈な勧誘にほだされて入団したアーセナルで一時代を築いたピレス。そんな天才MFが、“ロス・ガラクティコス(銀河系軍団の意。当時のマドリーの愛称)”の一員となっていたら、どのようなキャリアを送っていただろうか。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部