サッカー選手はピッチに立てば、誰もが勝ちたい気持ちを持っている。負けは悔しい。その激情が、勝者のメンタリティーとかいう言葉で語られる。

「負けたいと思っている選手なんていない」

 それは一つの真理だろう。

 しかし、その執着に対する質と量が、一流選手とそうでない選手の差とも言われる。

 15年ほど前、アレッサンドロ・デル・ピエロのルーツを辿る取材旅行をしたことがあった。教会が児童の課外活動をするために運営していたクラブチームで、デル・ピエロはプレーを始めた。優しい性格の少年だったが、ピッチでは決して弱音を吐かず、卑怯な振る舞いはしなかったという。

「弟はゆりかごの中でボールを蹴っていました」

 そう語ったのは、9歳年上の兄、ステーファノ・デル・ピエロさんだった。それは冗談だったのか、本気だったのか。

「14、15歳くらいでしたかね、学校をさぼって、よく丘の上でサッカーをしていました。僕は9歳上だから、同年代の友人と一緒にプレーすると、弟は本当にちびでしたね。それでも、混ざりたがって。いざ、一緒にボールを蹴ってみると、とにかくうまくて、敵わなかったですよ。

 でも、一番の違いは、勝利に対する執念でした。僕らは学校をさぼって、暇つぶしの遊びの感覚なんです。正直、勝っても負けても何も変わらない。でも、弟は勝つことにこだわりがあって。不思議なことに、自分も弟と同じチームになると、一緒にその楽しさを分かち合いたいと思いました。そして相手も本気になるので、ゲーム自体、とても白熱したんですよ」

 時代に名を残すような選手は、ふとした路地でのサッカーでも、際立った輝きを放つのだろう。それは一つには、テクニックがあるかもしれないが、サッカーに懸ける愛情のようなものが、周囲にも影響を与えるのだ。

 やはり、勝ちたいという気持ちが、ボールを蹴ることに自らを駆り立てるのか。あるいは、ボールを蹴ることが好きだからこそ、どうしても負けられない、と思うのか。鶏が先か、卵が先か、の議論は答えが出ない。

 しかしトッププレーヤーは、周りが引くほど、サッカーが好きなものである。同時に、勝利者だ。

「負けることなんて考えていない」

 そう語るクリスチアーノ・ロナウドは、勝利のみを目指して戦い、栄光を手にしてきた。勝者のメンタリティーの持ち主と言われるが、勝負は戦いの前に決まっている。C・ロナウドほど、熱心にトレーニングに打ち込む選手はいない。日々の生き方が、その勝負を動かしているのだ。

「ロナウドのプロフェッショナリズムは信じられないレベルにある。(身体のケアのためには)真夜中の3時であっても、練習場の氷風呂に使っていられる男だよ。お金に興味はない。彼の関心は、『サッカー選手として一番であること』だけなんだ」

 レアル・マドリーで、C・ロナウドを指導したことがあるカルロ・アンチェロッティの証言である。

 サッカーがどれだけ好きか?

 デル・ピエロ、ロナウドは、誰にも負けないかもしれない。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。