今から約2年前、バルセロナのクラブ内で一つの議論が起きていた。当時16歳で、1年前に宿敵のレアル・マドリーが見送ったペドリの獲得の是非についてだ。

 所属クラブのラス・パルマスとの間でまとまった移籍金は500万ユーロ(約6億2500万円)。インセンティブを含めると2500万ユーロ(約31億2500万円)に膨れ上がるという内容だった。幹部の間からは「クレイジーだ」と厳しく疑問を呈する声も上がっていた。

 しかし、当時エリック・アビダルSD(スポーツディレクター)の補佐で、現在は後任としてその強化部門のトップに就くラモン・プラネスと当時育成部門プロチームの責任者で、現在はレンタルでプレーする選手の動向をチェックする役職を務めるホセ・マリア・バケーロの考えは「獲得すべき」という点で一致していた。

 そのために何度も現地まで出向いてプレーをチェック。2部でベールを脱ぎ、市場価値が高騰する前の今がそのタイミングだと強く訴えた。クラブはそれでもなかなか首をタテに振らなかったが、移籍期限がクローズする最終週についに許可が下り獲得が決まった。

 契約内容は即加入ではなく、引き続きラス・パルマスで2シーズン、所属することを基本線に、活躍次第で1年後にバルサのトップチームに登録するか海外のクラブにレンタルで貸し出すかを決めるというものだった。しかしこの1年でペドリは大きく成長。今夏、晴れてバルサの一員となり、今やその実力を疑う者はいない。

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 実際、ペドリは昨シーズン、ラス・パルマスで目覚ましい活躍を見せた。16歳9か月25日というラス・パルマスのクラブ史上最年少ゴール記録も更新。当時の監督ペペ・メルもそのセンスに驚嘆した人物の1人だ。今シーズンもラス・パルマスを率いるベテラン指揮官はこう述懐する。

「下部組織の試合で傑出したパフォーマンスを見せていたが、プロレベルでどこまで通用するかは未知数だった。でもプレシーズンでのプレーぶりを見て、そんな疑問はすぐに吹っ飛んだよ」

 もちろん、その活躍は多くのクラブの目に留まり、この夏、バルサのもとにはボルシアMG、PSVアイントホーフェン、バイエルン・ミュンヘンなどその契約形態を知ったうえで獲得を打診する海外のクラブが後を絶たなかった。

 しかし、そのプレーを目にして惚れ込んだロナルド・クーマン新監督の「ペドリは残る」という鶴の一声が決定打となり残留が決まった。
 
 憧れの存在はクラブOBのミカエル・ラウドルップとアンドレス・イニエスタ。祖父が出身地テネリフェ島のテゲステにバルサのペーニャ(サポーターズ・クラブ)を創設し、父親が現会長。普段から使う食器もバルサのエンブレムの入ったものという筋金入りのバルサファンの一家で、ペドリは育った。現在は、調理の学校に通う兄のフェルナンドと一緒にバルセロナで暮らしている。

 素晴らしい滑り出しでバルサでの生活をスタートさせたペドリへのクラブ内での評価は当然高い。「戦術理解力がずば抜けて高い。とても成熟している」とクラブの関係者が称賛すれば、チームのスタッフも「普段は寡黙で控え目だけど、ピッチでは自分がやるべきことを理解しながらプレーしている。あの年齢であのプレーの理解力は驚異的だ」と同調し、さらにこう太鼓判を押す。

「ペドリとアンス・ファティがいれば、バルサの未来は安泰だよ」
 
 恩師のペペ・メルも明るい未来を予言する。

「われわれが意識したのは、ペドリが得意とするコンビネーションプレーを活かすことだった。そのために攻撃の局面では自由を与え、守備時は左サイドで攻め残るようにさせた。まだまだ学び成長しなければならいことはあるが、バルサでも徐々に重要な選手になっていくのは間違いない」

 ペドリの大物ぶりを感じさせることの理由の一つに、どんな状況にも動じない強心臓も挙げられる。バルサ加入後初スタメンを飾ったラ・リーガ第6節のヘタフェ戦でも、激しいファウルを繰り返し受けてもまるで臆することなくプレーし続けた。

 驚異的な速さでクーマンとファンの心を掴んだペドリの行く手を阻む壁はさしあたって見当たらない。

文●ジョルディ・キシャーノ(エル・パイス紙バルセロナ番)
翻訳●下村正幸

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