サポーターの蜂起に続いて、辞任表明したアンドレ・ヴィラス・ボアス監督を電撃解任したオランピック・ド・マルセイユ。ジャック=アンリ・エロー会長の孤立がますます深まり、フランス中の視線はその去就に注がれている。

 エロー会長はもともとキレのいい実業家で、マルセイユを買収したアメリカ人オーナー、フランク・マッコートに見初められた。オーナーはアメリカに居て、フランスにもフットボールにも疎く、会長をほぼ盲目的に信用し、運営を任せている状態だ。

 問題は、彼らがマルセイユとフットボールを“知らない”点だ。いや、知らないだけならまだいい。知らないがゆえに、謙虚にクラブを運営する会長もいるだろう。

 ところが、エロー会長は相当な自信家だ。マルセイユと、それを築いてきたマルセイユ民衆の歴史を馬鹿にし、クラブをビジネスという視点だけで判断する、「モダン企業」論ばかりを展開するテクノクラート。この姿勢はこれまで、マルセイユばかりか、フランス中から反感をたびたび買ってきた。

 しかも、本人はそれがなぜなのか、全く理解できていない様子だ。

 とくに最近の発言は、耳を疑うものだった。クラブ職員や協力者のほとんどがマルセイユ出身であることを非難し、クラブ史について「闇社会のマルセイユ」と言い放った。このため、現地紙『L’EQUIPE』も「パリジャンの花押」をかざし、「ビジネススクール・オブ・ハーバード」をあまりにも強調している、と強烈に皮肉った。
 
 サポーターとの絆も、ぼろぼろだ。サポーター集団「ウィナーズ」のトップは、3年来エロー会長に近しい存在で、これまで選手をこき下ろす立場だった。だが、今回の蜂起では、とうとう会長に反旗を翻している。その結果、他の集団「ヤンキーズ」、「ファナティック」、「コマンドー・ウルトラ」、「ヴィエイユ・ガルド」とともに、「エロー出て行け」の大合唱が起こった。

 政治家も、会長から離れ始めているようだ。これまで保守派だった元マルセイユ市長で元政府閣僚のジャン=クロード・ゴダンもそのひとりで、不愉快な言葉を受けて気分を害したという。

 クラブOBからも厳しい声が上がっている。バロンドール受賞者のジャン=ピエール・パパンは「彼らは(私を)プロジェクトに入れるという約束を一度も守らなかった」と批判しているらしい。最近クラブから解雇されたアディル・ラミは、現在も労働裁判所を舞台に係争中であり、ソーシャルネット上で厳しくエロー会長をこき下ろしている。
 
 オーナーのマッコートも反感を買っている。暴力沙汰は決して正当化できないが、怒れるサポーターたちを「極小ごろつきグループ」と侮蔑したり、練習場への乱入をアメリカのトランプ前大統領を支持者たちが議事堂に乱入した事件になぞらえたりと、ヒンシュクを買っている。このことからも、ものの見方も政治文化も、マルセイユとフランスからかけ離れているのは明らかだ。

 乱入したサポーターの横断幕には、「タピ、早く戻って」のスローガンがあった。ベルナール・タピは、パリ郊外出身にもかかわらず、マルセイユ民衆の心を知り、クラブをチャンピオンズ・リーグ優勝に導いたレジェンド会長で、現在は癌に冒されて壮絶な闘いをしている。マルセイユではいまも「ボス」と崇められている人物だ。

 そのタピもあの蜂起以来、病を押してテレビ・ラジオに出演、痩せた身体からかすれた声を振り絞り、「今回は無性に悲しくなった。コロナで大変ないまだからこそ、双方が力を合わせなければいけない」と訴えていた。だがついに2日夕、「ジャック=アンリ・エローはマルセイユのようなクラブを率いるには適していない」とタックルを食らわせている。

 クラブ内でも孤立がひしひしと感じられ、メディアでは「エロー会長は弱体化せざるを得ない」との見方と、「マッコートがついている以上、解任はありえない」との見方に真っ二つ。果たしてオーナーの信任だけでどこまで行けるのか。言葉は悪いが「虎の威を借る狐」のようにも見えてくる。
 
 ただ、監督が去り、会長が孤立し始めているクラブを取り巻く噂話は盛んになってきた。まず、「ルイス・カンポスがマルセイユに来ている」との噂も猛スピードで流れた。「フットボール・ディレクター」のパブロ・ロンゴリアが出て行けば、モナコやリールを高みに導いたカンポスが後継になれるのでは、という希望的憶測である。

 2日夕には、元マルセイユ監督で、ラジオの顔になっているローラン・クルビスが、「どこのクラブから請われようと監督になる気は絶対にないが、マルセイユだけは別だ」と意味深長な発言をし、「エロー会長とクルビスでうまくいくとは思えない」と大いに失笑を買った。当面は育成センター責任者のナセル・ラルゲがベンチ入りする予定だが、後継監督に誰を招集できるのかさえ、3日朝の現時点では見当もつかない状態になっている。

 ちなみに、ヴィラス・ボアス監督が辞任する意思を知っていたのは、キャプテンのステーブ・マンダンダだけだったそうだ。酒井宏樹も長友佑都も、この間さぞ驚愕の連続だったに違いない。

 そもそも、この解雇通知ですら、ファンに失笑されている。「自分から辞任すると言った者に、(解雇通告の前段階にあたる)出入り禁止措置を言い渡すなんて、聞いたことがない」とクラブの姿勢を大笑いしている。監督は「カネなど要らない、ただ出て行く」と言っているのだ。それなのに彼らは「ディシプリンの手続きを経て、アンドレ・ヴィラス=ボアスに対し制裁措置が下されるだろう」とのコミュニケを発表したのだから。

 やはり、「エロー会長下のマルセイユは支離滅裂になっている」(L’EQUIPEのエティエンヌ・モワティ記者)のかもしれない。だが、それでも選手たちは、迫りくる試合で戦わねばならない。このクラブは、どこかの富豪のためではなく、マルセイユ民衆がつくった、マルセイユ人のためのクラブなのだから。

取材・文●結城麻里
text by Marie YUUKI