ジェリー・ペイトンは、1977年から15年間に渡りアイルランド代表として活躍した。この間プレーしたのは33試合。キャリアに比べて少ないのは、4歳年下に同国では伝説的な存在のパット・ボナーがいたからだった。

「ジャッキー・チャールトンが代表監督に就任した時に直接話したんだ。ジャッキーははっきりと言った。”私にとって№1はボナー。キミには№2になって欲しい”とね。私はボナーにポジショニングなども含めて全ての経験を伝え支援した。結局ジャッキーの下でボナーとも9年間一緒に仕事をしてきたわけだが、お互い尊敬し合える特別な関係だった。だからこそアイルランド代表が素晴らしい時期を送れたんだ」

 1956年に英国バーミンガムで生まれたペイトンは、ボールを蹴り始めた時からGKだった。成人して188㎝の長身。自身にとっては「とても自然な選択だった」と述懐する。
「私は身体が大きく強かったし、大きな手も持っていた。最初からGKとしてプレーするのが好きだったね。やがて地域選抜に入り、14歳から17歳までアストン・ビラで過ごし、19歳でバーンリーとプロ契約を交わした」

 イングランドリーグ(当時)では、38歳で引退するまで計10チームで600試合近いキャリアを積み重ねた。

「GKにはすごく多くの役割があり技術も求められる。例えば、ボールをキャッチした瞬間に、すぐに正しい選手に渡してリスタートをしなければいけない。スローなのか、サイドボレーなのか、ロングキックなのか。それも瞬時に判断しなければならない。シュートを止め、クロスをキャッチし、フィードをする。PKになれば迅速に分析をして成功すればヒーローになれる。私はGKとしてプレーしている時にアドレナリンが出てくる感覚が大好きだった」

 最後の砦として大きな責任を負う。だからこそ「ヒーローにも悪役にもなる」わけで、そんなポジションを愛してやまない。

「GKはスペシャリストにならなければいけない。今では進化して様々な能力が求められる。足下の技術、爆発的なパワー、長短の視野を確保しゲームを読む力も要る。つまり最高のアスリート能力と明晰な頭脳が必要で、責任も大きい。でもだからこそ89分間何もしなくても、重要な局面の重要なセーブで一躍ヒーローになれる。キーパーのパフォーマンスは芸術なんだ。私にとっては、ピッチ上で最高のポジションだよ」
 
 ペイトンは日本人女性と結婚し、長男は清水エスパルスのジュニアユースで活動している。そんな彼の目に日本サッカーの可能性は、どう映っているのだろうか。

「日本の最大の長所はボールを速く動かしていくテクニックだ。特にペナルティエリアに侵入していく時のテクニックが気に入っている。長短の視野を確保し、速いプレスもできる。何人かのストライカー、MF、DFの動きは、とても流動的で積極的だ。ただ唯一気になるのは、最初の15分間くらいで上手くいかないと急に自信を失い、時には修正できずに崩れてしまうことだ」

 ベンゲル指揮下のアーセナルのメンタリティとは、どう違うのだろうか。

「もちろんアーセナルにも波はあるし、途中で自信をなくして崩れてしまうのは世界中で起こり得ることだ。しかし当時のアーセナルには、とても特別なメンタリティや個性を持つ選手が溢れていた。まず監督のアーセン(ベンゲル)が特別な存在で、私はこういうやり方で勝ちに行くんだ、と明確に伝え、選手たちも常に強靭な精神と高い集中を保っていた。誰もが自信に満ちて、流れが悪くなっても自分が変えてみせるという気概を持っていた。アーセナルで過ごした時間は、私にとっても特別なものだった」

 安定したパフォーマンスを続けられるかどうかは、経験値と密接に関係する。そしてだからこそペイトンは、日本人GKに実戦でプレーさせるべきだと考える。

「ゲームは最高の先生なんだ。成長するためにはゲームでプレーしなければいけない。試合でプレーをすれば、自分にはどんな特徴があり、どんな弱点があるかを見つけられる。それを活かすためにトレーニングをして、また試合に向けて準備をする。もし試合に出て、トレーニングでやって来たことが正しかったと実感できれば、さらに自信を深めて良いプレーが出来る。チームの勝利にも繋がっていくんだ」

 では日本人GKがチーム内の外国人GKとレギュラーを競い合うのと、無条件でゴールマウスに立つのでは、どちらが成長できるのだろうか。

「間違いなく試合に出る方だ。GKは試合に出ることで、ボールや選手たちが走るスピードを感じ取り、それに即した判断ができるようになる。また試合に出るからこそ流れも読めるようになる。そして試合で見つけたことを参考にトレーニングを考える。それは勉強をしてテストを受けるサイクルと同じだ。ゲームでプレーすることと、正しいトレーニングがセットになる。これがとても重要だ」
 
 Jリーグが創設されて間もなく30年間になる。当初は攻撃的MFを中心に選手の輸出が始まり、今では欧州のトップレベルで活躍するセンターバックやボランチも生まれて来た。もし最後に残されたGKにも著しい進化の兆しが見えてくれば、日本の未来も明るくなる。ペイトンは、そう見ている。

「繰り返すがGKはとても大切なポジションなんだ。だからこそ時間をかけて育てていくべきだと思う。また優れたキャリアを積んだGKが指導者になれば、また優れたGKを育てることができる。もし日本がワールドカップで勝ちたいなら、そうするべきだと思うよ」

 現役生活が約20年間、さらに指導者として四半世紀。「合わせて45年間もサッカービジネスに関わって来た」ペイトンの提言である。現在は兵庫県相生学院高校(定時制)サッカー部のアドバイザーを務めており、今後は日本でも自身の豊富な経験や卓越した技術や理論などを広めていきたいと考えている。(文中敬称略)

■プロフィール
ジェリー・ペイトン
1956年5月20日生まれ、英国バーミンガム生まれ。現役時代はバーンリーでキャリアを開始し、フルアム、ボーンマス、エバートン、ウェストハムなどで活躍。アイルランド代表としては33試合に出場し、90年ワールドカップのアイルランド8強メンバーのひとり。94年に引退後は指導者に転身し、95年〜97年に磐田、97〜98年に神戸、2018〜19年には清水で指導にあたる。アーセン・ヴェンゲルが指揮を執ったアーセナルでは、2003〜18年まで15年にわたりGKコーチを務めた。またイングランドでは、エミリアーノ・マルティネス(現アストン・ビラ)を育てたのが最後の仕事だった

※このシリーズ了

取材・文●加部 究(スポーツライター)