4月は2つのエンターテイメントを堪能した。

 本当に素晴らしい、価値のある時間であった。

 筒美京平の世界inコンサート。筒美京平さんは、数多くの日本のポップス(J-POP)、歌謡曲などを作った日本の誇る作曲家であり、昨年10月にお亡くなりになられた。今回のコンサートは全曲、筒美京平作品。先生を尊敬し、集まった豪華なアーティストたちが、最近では聴くことができない懐かしい曲で楽しませてくれた。

 そしてMISIA「星空のライヴ」
 昨年中止されたライヴの振替として、MISIAの最高の歌唱力を山梨・河口湖ステラシアターで90分間(サッカーと同じ)に渡って行なわれた。

 MISIAは今、日本で一番の歌唱力を持つ、誰もが知るアーティストだろう。
 もちろん2つの公演は新型コロナウイルス予防対策を徹底したなかで行なわれた。すべての人が検温をし入場する。見に来る人たちが全員マスクをして手拍子だけで声に出さないで、感動と感謝を表現する。全ての人たちが感極まり、幸せな顔で会場を後にする。

 全員がマスクをして歌に聴き入る光景は少し不自然な異常な雰囲気であるが、その一人には僕もいる。
2つのエンターテイメント。
「ありがとうー MISIA」、「ありがとうー 筒美先生」と叫びたくなる。

 果たしてサッカーはどうであろうか?

 もちろんホームとアウェーが存在し、勝敗を決める。そういう意味では、すべての人に平等に胸のすくような感動を与えられるエンターテイメントではないかもしれない。時に筋書きのないドラマが起こるスポーツには、音楽とはまた違う魅力がある。

 90分後には天国と地獄のいずれかを味わうシリアスな負けられない闘いの中に、もちろん感度がある。それをこのようなコロナ禍の時期に発信できているのであろうか?

 5月・6月は、制限はあると思うがJリーグのサポーターとして観戦してみようと思う。
 
 それにしても音楽の力は凄い。その時、その時の心の動き。子どもの頃の想い出や、現役時代に起きたシーンや監督時代の心理が音楽により、昨日のように甦る。

 小学生の頃の修学旅行で、サザンオールスターズが渚のシンドバッドを歌った。衝撃的だった……。「♪今何時?」と聞かれたら、殆どの人が「そうね♪だいだいねー♪」と応えた(歌った)。

 ブラジル留学時には長渕剛と浜田省吾の曲をよく聴いた。ホームシックで長い時間バスに揺られながらウォークマン、イヤホンから流れる彼らの曲を聴き、日本の事を、日本の友達の事を考えた……。
「おお♪順子〜」

 Jリーグ発足後、僕は試合会場移動前に歌謡曲を聞いて試合に負ければ、次は聞く曲を変えたり、聞かなくなったり……、この曲を聴くと縁起が良いとか悪いとか……。

 子どもの頃、レコード大賞で聞いた布施明の「シクラメンの香り」はおふくろ(母親)を思い出す。歌詞を間違えないようにテレビ画面に釘付けになった。母親がよく応援していた(笑)が、テレビ全盛期だったのか? 字幕スーパーと歌う歌詞が間違えないようにドキドキしたのを今でも思い出す。そして、布施明がレコード大賞を獲ったのを母親と喜んだ。

 アビスパ福岡時代はMISIAを中心にミスチル、スピッツ、宇多田、浜崎、スピード、椎名林檎とヴェルディから移籍、悔しさを乗り越えて戦った頃を思い出す。良い歌が飛び交っていた。
 
 カラオケBOXが流行り、とんねるず、モーニング娘の曲を歌い、選手皆で盛り上がる。アビスパ福岡にとって、残留争いから闘えるチームに変革していく大事な時期だった。僕もまたサッカーをより深く知ることの出来た時期であった。

 1965年生まれはアイドル全盛期世代。筒美恭平作品では松本伊代さんのセンチメンタルジャーニー。「伊代はまだ16だからー♪」と歌った時、僕も16だった。早見優さん、斉藤由貴さん(1966年生)も同世代で出演していた。小泉今日子さん(1965年生)、薬師丸ひろ子さん(1964年生)の曲も違うアーティストが歌ったが、彼女たちも同世代だ。当時の曲は今でも口ずさむことができる。

 地下鉄での移動、長いバス移動、国内を飛行機で移動、アパートホテルでの生活。2018年サンパウロ へ8か月間住んだ時にはMISIAとあいみょんばかり聞いていた。

 音楽の授業では音符も読めず、歌も下手でカラオケも苦手な僕が音楽を語るなー!と言われそうだが、聴くのは自由だ。

 僕は生まれ変わってもサッカー選手の方が向いているのだろうが、音楽は人を長い時間幸せにする力がある。素晴らしい人たちばかりだ……。

 生のコンサート、ライヴ、生観戦するサッカーは、一概にその価値を比べることは出来ないが、音楽イベントの質の高さを感じると、プロサッカーとしても危機感を持たなければいけない。

 またこの歌を聞いて、この苦しかった「新型コロナウイルス感染」を思い出す。MISIAのライヴを鑑賞し帰りの車を運転しながら、そんなことを考えていた……。

2021年5月1日
三浦泰年