チェルシーがビッグイヤーを天に掲げた時、パリ・サンジェルマンのサポーターは怒りの声をあげた。なぜなら彼らをヨーロッパの頂点に導いたのは、ほんの数か月前までパリSGを率いていたトーマス・トゥヘルだったからだ。

 一方、トゥヘルを失ったパリSGは、チャンピオンズ・リーグ(CL)は準決勝でマンチェスター・シティに敗れ、リーグ・アンでも1ポイント差で優勝をさらわれた。それも相手は、リヨンやマルセイユといった名門ではなく、リールである。フランス・カップだけはどうにか手に入れることができたが、世界で一、二を争う金満チームとしては納得できない結果である。

 その怒りの矛先は、そのままSDのレオナルドへと向かった。なぜならトゥヘルは彼のせいで出て行ったからだ。

 事の発端は昨シーズンにチアゴ・シウバの契約が更新されなかったことまで遡る。トゥヘルにとって彼は、なくてはならない守備の要だったが、チームは「チアゴ・シウバは35歳、年齢が上すぎる。もっと若いディフェンダーが欲しい」と契約更新を拒否。この方針に不満を持ったトゥヘルは、公の場でこう発言した。

「彼は私のチームの柱のひとりでありキャプテンでもある。だからチームに契約を更新してくれと依頼したのに、ノーと答えた」

 この発言がレオナルドの逆鱗に触れた。選手の獲得・放出はレオナルドが責任者であり、トゥヘルに公の場で批判されたのも同然だったからだ。

 トゥヘルの方もこれ以降、レオナルドにまったく忖度をしなくなった。負ければT・シウバがチェルシーに行ってしまったからだと嘆き、トマ・ムニエやエディンソン・カバーニも手放し、パリSGは弱くなってしまったと繰り返した。
 
 レオナルドは完全に頭にきて、かくして全面戦争が始まった。トゥヘルが「レオナルドは大きな過ちをした。賢明なSDであればこんなことはしない」と記者に話せば、レオナルドはこう応酬した。

「トゥヘルが言ったことは理解できないし、気に入らない。チームとしても大変に遺憾だ。何か罰則を科す必要がある。不満があれば話し合いをすればいい。それをするには何の問題もない。ただし自分もこのクラブの一員であるならば、チームや幹部の決定をリスペクトするべきだ」
 トゥヘルのやることなすことが気に食わなくなったレオナルドは、彼の戦術やテクニカルな決定にも口を挟むようになる。例えば、レオナルドが連れて来たポルトガル代表のダニーロ・ペレイラはボランチが本職だが、トゥヘルがCBとして使うと、その起用法を非難した。

 トゥヘルは苛立ちながら、「ダニーロはたしかにボランチだ。もしチアゴ・シウバを連れ戻してくれたら、彼をボランチに戻そう」と反論。2人の関係はもはや修復のいかないところまで来ていた。

 そして昨年のクリスマス、パリSGがリーグ前半を首位で終えられなかったことを口実に、レオナルドはトゥヘルを電撃解雇した。

 フランスのメディアはこれをこぞって非難した。3位とはいえ、首位とはたった1ポイント差だったし、CLではグループステージを1位で通過していた。どう見ても言いがかりだ。

 疑問を呈したのは、サポーターやメディアだけではない。クラブのオーナーであるアラブ人富豪たちも、シーズン終了後、なぜトゥヘルを追い出したのかとレオナルドがに問い正した。

「トゥヘルは世界ナンバーワン指揮官と評される(ジョゼップ)グアルディオラを下した。なぜ君が彼を解雇したのかわからない。我々はCLで優勝したい。我々には優秀な選手も監督もいた。君が出してくれと言えばいつでも金を用意した。いったいトゥヘルの何が不満だったのだ。君が追い出した監督は、我々が手に入れたかったタイトルをものにした。これをどう説明するのだ」
 
 チェルシーがCLで優勝したことはレオナルドにとって大きな敗北であった。トゥヘルだけではない。彼が年寄りだから要らないと切り捨てたT・シウバも、トゥヘルの下で欧州制覇に貢献した。

 T・シウバは「パリは僕を無視した。もう終わった選手のように扱った。どうぞ出て行ってくださいと、扉を示された時には本当に悲しく、がっかりした」と放出を振り返っている。

 こうしてレオナルドのこれまでの過ちが、急速にクローズアップされるようになった。

 カバーニもT・シウバ同様、レオナルドが引き留めなかった選手だ。旬は過ぎたと判断し、みすみすタダで手放してしまった。その彼はマンチェスター・ユナイテッドで、多くのゴールを挙げた。ユナイテッドと契約も更新し、パリSG時代よりも多くの報酬をもらっている。まだ、必要な選手だったはずなのに、レオナルドはチームの中に居場所を作ってやらなかった。
 ソープオペラのような大騒ぎのあと、ネイマールは結局パリSGに残ることが決まった。しかし彼は、本当はパリを出て行きたかった。そのことに不満をもったレオナルドは少なくとも3、4か月はネイマールと口をきかなかった。公の席でネイマールは間違っていると非難もした。

 しかし、アラブのオーナーにとってはネイマールの価値は大きく、絶対に手放せない存在のため、レオナルドはネイマールと契約を更新した。その報酬は莫大だ。しかも、昨シーズンは故障もあって安定したパフォーマンスを発揮できなかった。

 この特別扱いに他の選手たちは不満を持っている。サポーターもメディアも疑問を持っている。優秀な監督や選手は追い出され、新天地で成功している一方、たいした活躍をしていない高給取りのネイマールはパリに残った。そんな状況に、SDの手腕を疑いだしている。
 パリSGでレオナルドと最初に全面対立したのはダニエウ・アウベスだ。キャプテンであり、チームのスターだったにもかかわらず、2019年に、彼もまた契約を更新されなかった。もうベテランなうえに金がかかりすぎる、というのがレオナルドの言い分だ。しかし、彼は今でもセレソンの一員でサンパウロのスターでもある。

 D・アウベスは今でも決して同胞のSDを許していない。「レオナルドは自分こそがこのチームのボスであることを示したかったのだ」と非難している。

 レオナルドはトゥヘルの後釜として連れてきたマウリシオ・ポチェティーノともよい関係にない。そもそもレオナルドが彼をひっぱってきたのはリオネル・メッシを呼ぶための布石だった。同胞の監督であれば、メッシも移籍しやすいだろうという安易な人選だった。

 しかし、これもレオナルドの失策だった。メッシを獲得するのは言わずもがな難しく、彼が監督である必要はなかった。CL敗退を機に二人の関係は悪化し、ポチェッティーノは不満を漏らし、イングランドに帰りたいと言い出すした。ジネディーヌ・ジダンがレアル・マドリーの指揮官を退いた時には、その後継者になることを狙った。

 ただ、マドリーがカルロ・アンチェロッティを選び、イングランドにも職がないことを知ると、諦めてパリに残ることにした。新シーズンは、SDと不仲で本来なら出て行きたかった監督で戦うことになる。

 これまでの多くの決断のミスを問われてきたレオナルド自身の立場を危うくなっている。最終的に引導を渡す引き金になるかもしれないのが、キリアン・エムバペの去就だ。2022年6月で契約の切れる彼に対し、パリSGは5か月前から契約更新について画策しているが、まだ何も確かなことは決まっていない。

 この状況にオーナーたちも大きな不満を抱いているのだ。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。