アルゼンチンのGKエメリア―ノ・マルティネスが、コロンビアの5人目のPKを止めた瞬間、コパ・アメリカを取り巻く空気が明らかに変わった。

 それまで、このコロナ禍で強行されたコパ・アメリカのことを、ブラジルの人々はかなり冷ややかに見ていた。セレソンも好調に勝ち進み、ネイマールも、そしてリオネル・メッシもさすがのプレーを見せていたが、どちらかというと関心は別のところにあった。

 選手、チームスタッフ、大会関係者の間ですでに650人もの感染者が出ている、それなのに南米サッカー連盟(Conmebol)は決勝に観客を入れようとしている、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長が決勝にわざわざやってくる……。 

 しかし、決勝のカードはブラジル対アルゼンチンになった。それも舞台はサッカーの殿堂マラカナン。これがブラジル人のサッカー魂に火をつけたようだ。(良いか悪いかは別として)やっとコパ・アメリカと呼ぶにふさわしい空気が漂って来た。

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 ブラジルとアルゼンチンのライバル関係は、たぶん世界で激しい思う。ただアルゼンチン対イングランドが、よりシリアスで戦争に近いのに対して、この2つの対決は、プライドと名誉をかけた決闘という感が強い。

 だから、ブラジル人にとってアルゼンチンを応援することなど死罪にも等しい。例えば2014年ワールカップ決勝、アルゼンチン対ドイツ戦で、ブラジルのサポーターは後者を応援した。これにはアルゼンチン・メディアもかなり驚いたようだ。

「自分たちを1-7という屈辱的なスコアで破ったチームを、なんでブラジル人は応援できるんだ? 全く理解できない」

 コパ・アメリカの歴史の中でブラジルとアルゼンチンはこれまで33回対戦している。結果はアルゼンチンが15勝、ブラジルが10勝、引き分けが8回。しかしアルゼンチンが最後に勝利したのは1983年のグループステージにまで遡る。

 一方、ブラジルとアルゼンチンが国際大会の決勝で対戦したことは過去に5回ある。1937年のコパ・アメリカ決勝をのぞけば、あとの4回はすべて2000年代。コパ・アメリカで2回、コンフェデレーションズカップで一度対戦している。最後に対戦したのは2007のコパ・アメリカだ。ちなみに5回の内訳はアルゼンチンが1勝、ブラジルが4勝だ。

 コパ・アメリカのタイトルの数では、アルゼンチンが14回とブラジルの9回を大きく上回っている。ただブラジルはW杯を5度制しているが、アルゼンチンは2回だけだ。
 ライバル同士の対決という以外に、この試合が注目されているのは、メッシとネイマールという当代きってのスターが決勝でぶつかるからだ。何かのタイトルを賭けて両者が戦うことは今まで一度もなかった。おまけにメッシにとっては、これがA代表での悲願の初タイトルになるかもしれない。そして、最後のチャンスになる可能性もある。

 もちろんネイマールも自国で闘う者の意地にかけて、タイトルは手にしたいだろう。普段仲の良いふたりーー多分ネイマールはルイス・スアレスと並んでメッシの一番親しいサッカー界の友人だーーの真剣勝負が見られるわけだ。

 ブラジルは今大会ここまで5勝1分け、エクアドルにだけは引き分けているが、これはすでに決勝トーナメント行きを決めた後の試合で、ネイマールも欠場した。アルゼンチンも同じく5勝1分けだが、準決勝のコロンビア戦はPK戦だった。
 
 いまブラジルでは、この試合を見るために地球も自転を止めるだろうと言われている。ネイマールとメッシだけでなく、両チームとも威信をかけて、最高のメンバーを揃えてきている。

 ブラジルはアリソン、マルキーニョス、チアゴ・シウバ、カゼミーロ、リシャルリソン。アルゼンチンはアンヘル・ディ・マリア、レアンドロ・パレデス、ジョバンニ・ロ・チェルソ、ロドリゴ・デ・パウル、2人(ラウタロのエミリアーノ)のマルティネス……。

両国が歴史上初めて対決したのは1908年7月9日のこと。リオで行われた親善試合でアルゼンチンが3-2で勝利した。それから103年、両者は110回激突し、ブラジルが44勝、アルゼンチンが41勝している。

 この土曜日(日本時間11日)、その歴史に新たな1ページが加わる。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。