かつてガンバ大阪でプレーした元Jリーガーで、22歳という若さで現役を引退後はビジネスマンに転身。ブランドリユース業で大きな成功を収めた嵜本晋輔・バリュエンスホールディングス(以下バリュエンス)代表取締役社長が今回、かねてより親交のあるV・ファーレン長崎のFW都倉賢選手と、アスリートの未来について語り合った。

 現在、アスリートのデュアルキャリアを支援する取り組みに力を注ぐ嵜本社長と、35歳になった今も現役選手として第一線で活躍しながら、「サッカー選手は肩書のひとつに過ぎない」と、SNS等を通じてJリーガーの新たな価値を発信する都倉選手。その理念に共通点が少なくない二人の対談は、引退後の人生に不安を抱く多くの競技者へのメッセージとなるはずだ。

 前・後編の2回に分けてお届けする対談の前編では、昨年からワイン事業の『都倉ワイナリー』をスタートさせた都倉選手の新たなチャレンジと、バリュエンスが推進する『アスリート採用プロジェクト』を中心にトークを繰り広げていただいた。

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──お二人は、アスリートのセカンドキャリアに対する考え方が非常に近いように思いますが、いかがですか?

嵜本晋輔(以下、嵜本):都倉さんは、現役のサッカー選手として第一線で活躍しながら、セカンドキャリアに対してとても前向きで、様々なチャレンジをしている。その活動内容をより多くのアスリートに知ってもらうことが、セカンドキャリアの課題を解決する糸口になるんじゃないかと思っています。きっといろんなことを企んでいるはずなので(笑)、個人的にも興味がありますね。

都倉賢(以下、都倉):めちゃくちゃハードルを上げますね!(笑)

嵜本:実際、いつ頃からセカンドキャリアを考えるようになったんですか?

都倉:20代後半からなんとなく、ですね。ただ、(引退後の)準備の必要性は感じてはいましたが、具体的に何をすればいいのか分からないという状況が続いていたんです。

嵜本:何かきっかけが?

都倉:2013年にヴィッセル神戸を退団して、デンマークのクラブ(FCベストシェラン)のトライアウトを受けた時ですね。約1か月間の現地滞在で気付いたんです。これまで自分は、「都倉賢」という存在をわざわざイントロデュースしなくても、多くの人に知ってもらえていたけれど、向こうでは誰も知らないただの東洋人に過ぎないんだって。なんの後ろ盾もない自分って、本当に何者でもないと痛感させられましたね。

嵜本:SNSを通じて様々な発信をするようになったのは、それからですね?

都倉:はい。結局、海外挑戦は失敗に終わって、コンサドーレ札幌にお世話になるんですが、その時にとにかく一度、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムを整理しようと。プレーに関するオフィシャル的な発信もそうですが、それ以上にもっと「都倉賢」という人間を知ってもらい、自分が何を考え、行動しているかを表現しなきゃいけないなと思ったんです。セカンドキャリアで何をやればいいか分からないとしても、この時代に生きているアスリートとしては、そこを整えておくことで、なんらかの資産になるんじゃないかという思いがありましたね。

──現在、SNS合計のフォロワー数は約11万人。これは他のJリーガーと比べても圧倒的な数字だと思います。そして、SNSの整理が終わった現在は、ワイン事業の『都倉ワイナリー』にもチャレンジ。すでに今年から『KAERIZAKI2020』というブランド名で一般販売もスタートされていますね。

都倉:プロサッカー選手がモノを売ると言っても、簡単に売れるわけではありません。どういったPR、マーケティングをすればいいのか、それこそファイナンスの部分も含めて、サッカー以外のことでこんなに恐怖を感じるのは、初めての経験ですね。ただその恐怖心が、さらに自分を奮い立たせ、成長させてくれているとも思っています。
SNSを整えたことで、フォロワーという資産は積み上げられましたが、考えなくてはいけないのが、その中で本当のクライアントになってくださる方がどれだけいるのか、ということ。もちろんファン・サポーターは選手にとって大きな資産です。けれど、いざ引退した時に、その方たちすべてがそのまま応援を続けてくれるわけではありません。
昨年はクラウドファンディングで資金を集め、今年から一般販売をスタートしましたが、そこで実際に応援し、ワインを購入してくださる方が、僕の現実的なクライアントの数だと思うんです。それを現役中に把握できたことが、おそらく一番の価値。まだ嵜本さんの期待に応えられるほどのヴィジョンはありませんが、それが今後、ワインに限らずいろんな事業に当てはめられると発見できたことが、すごく大きかったですね。
 
嵜本:頭の中では思っていたとしても、実際に行動に移すアスリートは少ないんです。サッカー選手はサッカーだけやっていればいいとか、アスリートは自分の競技以外のことはやってはいけないとか、そんな風に誰かが作り出したストーリーを押し付けられるような形で、行動を制限されてしまう。周りから何か言われるかもしれないという恐怖が、チャレンジを拒んできたんです。
ただそれは、これまでのスタンダード。これからは都倉さんのような人が、アスリートの新たなスタンダードを切り開いてくれるんじゃないかと期待しています。現役選手として、きっちりサッカーで結果を残しながら、ビジネスでも成果を上げている都倉さんの言葉には、大きな影響力がある。他のアスリートたちに、「自分もできるかもしれない」って、そう考えるきっかけや勇気を与えてくれるんじゃないかと思います。

都倉:またハードルが上がってしまった(笑)。もちろん僕自身も恐怖心や不安はありましたけど、ただそもそも、アスリートって挑戦し続けて今の地位にいるわけですからね。確かに保守的な人もたくさんいます。でも僕は、初めてサッカー以外でワクワクするものを見つけられたし、そこで挑戦しないのは、自分自身の可能性にフタをしてしまうことだと思ったんです。
ただ一方で、「サッカー選手はサッカーだけやっていればいい」という言葉や風潮に、ある意味守られ、保険を掛けている部分もありますよね。本業で結果が出なければ叩かれるので、あえて叩かれるリスクがあるチャレンジはしないというか。

嵜本:ビジネスの観点から言えば、現役時代の肩書を利用してモノを売るとか、マネタイズしていくのが、一番の勝ち筋なんです。引退してから新たに考えるのではなく、今ある資産を活用していくことが、僕はすごく重要だと思っているので、そういう意味でも都倉さんは、スポーツ界にとても良い影響を与えてくれている。

都倉:僕がワイン事業を始めたきっかけとしては、サッカー選手が他のことをやるうえで、少しでも風通しを良くしたいという思いがひとつ。それに加えて、移籍に対するネガティブな考え方を変えたかった。実際に僕も、今のV・ファーレン長崎が5チーム目で、なかなか複数年契約をしてもらえる選手は少ないんですが、例えば札幌にあと何年いられるか分からない状況で、「それだったら何もやらない」という選択をする選手が圧倒的なんですね。そんな考え方に風穴を開けたくて。僕も北海道の仁木町というところでワイナリーを始めて、現に今は長崎にいますが、それがデメリットにならないことを証明したいんです。逆に、そうやって移籍を繰り返す中で、5つの土地それぞれで素敵な出会いがあったし、そういったご縁のあった方たちや地域になんらかの形で貢献するのは、Jリーグの理念にも通じますからね。
 
──現役のアスリートが新たなチャレンジをするうえで、年齢的なことは関係ありませんか?

嵜本:Jリーグで言えば、もちろん入団直後のルーキーが、新たなビジネスを立ち上げるのは現実的ではないかもしれません。とはいえ、Jリーガーの平均引退年齢は25〜26歳で、大卒でプロになった場合、極端な話、選手寿命は3年ほどしかないわけです。そういう人が一般的であるのなら、その3年をどう捉えるか。個人的には、アンテナを立てて、世の中で何が起こっているのかを知り、サッカー選手以外の選択肢をもうひとつくらい持つことは、早ければ早いほうがいいと思っています。Jリーガーのセカンドキャリアはネガティブに報じられがちですが、そういう流れになれば、むしろ引退後のキャリアのほうが輝けるといったストーリーが、より多く世間に発信されるはずですから。

都倉:僕自身について言えば、若い頃は精神的にも未熟で、そういった発想には至らなかったんだと思います。それに、人それぞれステップがあるし、プロ入りしたばかりのギラギラした子に、引退後を思い描きながらプレーしろと言ったところで伝わりませんからね。僕の場合は、2年前に大怪我(右膝前十字靭帯損傷および右膝外側半月板損傷で全治8か月)をしてから、「毎試合がラストゲーム」という気持ちでサッカーに取り組めていますが、19歳の子が同じようにできるとは思えない。ただ、嵜本さんの言うように、なるべく若いうちからアンテナだけでも張っておくべきでしょうね。

──都倉選手自身、様々な異業種の方と出会い、そこから多くの刺激をもらったそうですね。

都倉:最初に刺激をもらったのは、別の競技のアスリートからなんです。オフに合同トレーニングに参加させていただき、そこで陸上や野球の選手から話を聞いたんですが、サッカー界の当たり前が、他の競技ではまったく通じなかったり、逆に向こうが普通にやっていることがとても新鮮だったり、まさに目からウロコでしたね。当たり前の中にこんな価値があるんだって気付かされた経験は、かなり大きかったです。
いろんな経営者の方とお会いしてもそうです。サッカー界の常識にびっくりされたことは、一度や二度ではありません。どちらが上とか下ではなく、畑が違えば価値の捉え方ってまったく違うんだなって、それはすごく感じましたね。

嵜本:僕もとにかく異業種の方と会うようにしています。異業種の考え方の中から、何か「×リユース」にできるヒントはないかと、常にアンテナは立てていますね。リユース業界の中だけにいると井の中の蛙になってしまって、自分と企業の可能性を広げるきっかけを得にくいんです。アスリートは、そもそも他者にはない肩書を持っているわけで、異業種のほうから興味を持ってもらえる状況にある。だったらその状況を利用して、いろんな業界の人間の様々な意見に、積極的に触れてみてもいいと思うんですけどね。
 
──バリュエンスでは、昨年からアスリートのためのデュアルキャリア採用プロジェクトとして、『アスリート100人採用』というものを大きく打ち出されていますよね。アスリート社員を受け入れることで、逆に企業側が刺激を受けたり、なんらかのメリットが生まれたりすることはあるのでしょうか。

嵜本:現在、すでに13名のアスリートに入社していただいています。これはアスリートの方に競技とキャリアを両立して働いていただく制度なんですが、その一方で既存の社員に、「自分の好きなことを追いかけるきっかけ」を与える狙いもあります。企業で働く多くの人にとって、仕事というのは給料を得るためのツールであって、本当に自分のやりたいことではないケースが少なくありません。そんな中に、やりたいことが明確なアスリートという人材が交わることで、なんらかの気付きやヒントを得られるのではないかと。

都倉:どんな競技の方がいらっしゃるんですか?

嵜本:サッカーが8名で、K―1が2名、あとは陸上、野球、バスケですね。競技数で言うと、20競技以上の方とは面談させていただきました。まだ広く一般には知られていない取り組みですが、口コミなどで知っていただいた方からの問い合わせが少なくありません。なかにはお金だけ支援してくれると思って来られる方もいますが、それではあまり意味がなくて、僕は競技も100㌫、仕事も100㌫で、競技をしながら社会人としてもいろんなことを吸収できるのが、まさにデュアルキャリアだと考えています。

都倉:実際にどういった仕事をされているんですか?

嵜本:現在提供させていただいているのは、ブランドリユース関連の仕事が多く、実際に店舗でコンシェルジュ(鑑定士)としてブランド品を一般のお客様から買取る業務に就いている方が多いです。また、デュアルキャリア採用ではありませんが、実は元川崎フロンターレの井川祐輔くんも弊社の社員で、今はスポーツ関連オークション事業の『HATTRICK』というサービスに関わってもらっています。彼のおかげで、フロンターレとも取引ができるようになりましたが、将来的にはこうして自分の育った競技に対して、ビジネスという形で還元していく仕組みをきちんと作り上げていきたいですね。サッカーに育てられた人間が、これまでサッカー界になかったような、新たなマネタイズの仕組みを考える。それがBリーグであったり、陸上競技であったりしてもいいわけです。

都倉:それってすごいですよね。井川さんの元サッカー選手だったという価値が、しっかりとセカンドキャリアでも活かされているという、ひとつの成功例ですね。

嵜本:まだPowerPointも習得中なんですけどね(笑)。

都倉:ハハハ。これは北京五輪の男子4×100㍍リレーで銀メダルを獲得した陸上の朝原宜治さんに伺った話なんですが、朝原さんが陸上部のコーチを務める大阪ガスでは、実業団スポーツ出身の方が、役員になられるケースが多いそうなんです。思わず「スポーツばかりやっていた人がそんなに出世できるんですか?」って聞いてしまったんですが(笑)、やはりアスリートというのは、瞬間瞬間の決断力や諦めない気持ち、そして大舞台にも動じないメンタルといったものが、競技者生活の中で自然と培われていて、大阪ガスはそういった人間性を重視する会社らしいんです。僕はその話を聞いて、すごく自信がついた。それで、嵜本さんがスポーツ選手の採用を始めるというリリースを目にした時も、これはアスリートにとってめちゃくちゃ追い風になるなって、本当に嬉しくなったんです。

■対談者プロフィール■

嵜本晋輔 Shinsuke SAKIMOTO
1982年4月14日、大阪府出身。関西大学第一高校卒業後、G大阪に入団。3年で戦力外通告を受けると、JFLの佐川急便大阪SCを経て、2004年に引退。その後は父が経営していたリサイクルショップで経営のノウハウを学び、11年に株式会社SOU(現バリュエンスホールディングス株式会社)を設立。代表取締役に就任する。18年3月に東証マザーズへ株式上場。現在はサポートや寄付等を目的としたアスリート公認オークション『HATTRICK』や、アスリートたちのデュアルキャリアを支える取り組みに力を入れている。また今年8月には、パートナー契約を結んでいた南葛SCの株式を取得(出資比率33・5㌫)し、自ら取締役に就任した。

都倉賢 Ken TOKURA
1986年6月16日、東京都出身。横浜Jrユースから川崎Uー18を経て、2005年に川崎のトップチームに昇格。その後、08年途中に草津、10年に神戸へ移籍。13年シーズン終了後、神戸を退団してデンマークのFCベストシェランでトライアウトに参加するが、契約に至らず、14年3月に札幌へ移籍する。長身を生かしたダイナミックなプレーで、札幌では5シーズンの在籍期間中4シーズンでチーム得点王に。19年から在籍したC大阪でも前線の貴重な戦力となるが、同年5月、右膝に全治8か月の重傷を負い長期離脱。厳しいリハビリを乗り越えて復活を遂げると、今季からはJ2の長崎でプレーする。ツイッターなどSNSの総フォロワー数は約11万人。昨年からは北海道でワイン事業『都倉ワイナリー』(https://tokurawinery.official.ec/)を立ち上げるなど、サッカー以外でも様々なチャレンジをしている。

※後編に続く。次回は9月10日(金)に公開します。

取材・文●吉田治良