ネイマールとパリSGの間に何か特別な約束があることは、誰もがなんとなく気がついていた。試合前の行動が明らかに、他の選手たちと異なっていたからだ。

 キックオフまでの15分、選手たちは思い思いにウォームアップをしたり、精神を集中させていたりしている。しかしネイマールだけは違う。一人スタンドに近づくと、ゆっくりフェンスに沿って歩き始め、サポーターに向かって投げキスをしたり、拍手をしたりしているのだ。

「他の選手はみんな身体を動かしているのに、ネイマールだけが挨拶して回っている。あまりにも嘘っぽくわざとらしかった」

 そう語るのはパリSGの前監督トーマス・トゥヘル(現チェルシー)のアシスタントコーチ、ゾルト・レーブだ。私もこの様子にいつも違和感があった。

 先日、スペインの『エル・ムンド』がその理由をすっぱ抜いた。ネイマールとパリSGの契約には、“道徳ボーナス”という世界でも珍しい条項が盛られていたのだ。ブラジル代表FWがホーム試合の前後にサポーターに挨拶をしていたのは、ただのファンサービスではなくやればボーナスがもらえるからだった。

 それにしても、なぜこんな条項が盛られているのか。ネイマールの行状が良くないから? 確かにそれもあるだろう。サンパウロでもバルセロナでもネイマールはいろいろ問題を起こしてきている。
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 この道徳ボーナスの規定は、サポーターへの挨拶以外にも、いくつかの“お約束”が決められている。時間をきちんと守って遅刻しない、メディアに礼儀正しく接する、審判に暴言を吐かない、公にチームを批判しない、チームメイトやスタッフに対するネガティブな発言をしはいけない、いつも良い子のお手本になるような行動をする…。

 この条項の一番の目的は、ネイマールにより多くのボーナスを渡すことにあると私は見ている。

 ネイマールをバルサから引き抜く時、パリSGは2つの“ご馳走”を用意して誘惑した。一つは2022年カタール・ワールドカップの顔、つまりオフィシャルアンバサダーにネイマールを任命すること(後にこの地位を降ろされているが)。もちろんこのポストには膨大な報酬がついてくる。そしてもう一つが様々なボーナスだ。

 ネイマールの契約には、多くのインセンティブが設定されている。リーグ優勝を果たした場合、フランスカップを勝ち取った場合、得点王になった場合、最優秀選手になった場合、もちろんチャンピオンズ・リーグで優勝、得点王、MVPになった場合もだ。

 そして、この道徳ボーナスだけは、ピッチの結果に関係なく、必ずもらうことができる。いわばお小遣いのようなものなのだ。ネイマールをチームにつなぎとめ、且つ行動も正してもらえるならば一石二鳥とパリSGは思ったのかもしれない。
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 ネイマールは、加入以来この条項を破るような行動を数多くしてきている。エディンソン・カバーニと喧嘩をし、サポーターを殴り、レオナルドを批判し…決して道徳的といえるものではない。礼儀正しく振る舞うというのはほぼ名目にしかすぎないのだから、違反があってもなんだかんだでボーナスは支払われ続けたのではないかと私は見ている。

 その証拠にこの5月、ネイマールが2025年まで契約を延長した際、この道徳ボーナスも更新されたばかりか、金額が上がっている。それまでは月30万ユーロ(約4000万円)だった額が、54万ユーロ(約7000万円)に増額したのだ。サポーターに手を振り、品行方正にしているだけで、彼は年間約600万ユーロ(約7億5000万円)をポケットに入れられるのだ。

 ネイマールの数々の違反にパリSGはボーナスを廃止するどころか、値段を上げるという対処をした。その理由は、ネイマールが契約を更新した5月というタイミングにある。この時期、狙っていたリオネル・メッシはバルセロナ残留が濃厚で、キリアン・エムバペはチームを出て行きたがっていた。

 もしネイマールまで失ってしまっては、オーナーであるカタール王族の沽券に関わる。彼らは年俸以外の“お小遣い”を増やしてネイマールを引き留めたのだ。
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 ただここに来て、状況は大きく変わってきた。メッシがパリにやって来たからだ。ネイマールはもうチーム最高のスターではないし、チーム一番の高給取りでもない。メッシの到来にパリは動きを止め、町中が驚喜し、背番号30のユニホームは、ネイマールのそれの2倍以上の売れ行きだ。

 サポーターもメディアも、今はメッシしか目に入らない。クラブはこれまでほどネイマールをちやほやする必要がなくなった。もしこのタイミングで契約を更新していたならば、その内容は大きく違っていただろう。

 これまでいろいろ大目に見られてきた彼だが、今度この条項を違反したら、ボーナスは本当に支払われなくなるかもしれない。メッシの到来で、道徳ボーナスは初めてその効力を発揮するかもしれないのだ。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。