今シーズン、プロ野球の千葉ロッテマリーンズからサッカー界への“移籍”を果たした山室晋也社長のもと、清水エスパルスが新たな施策を打ち出した。12月1日、エスパルスは世界最大級のオフィシャルスポーツライセンスマーチャンダイズ企業『ファナティクス』の日本法人『ファナティクス・ジャパン合同会社』と2021年から10年間に及ぶパートナーシップ契約締結を発表した。


 ファナティクスはアメリカのMLBやNBAをはじめとするスポーツリーグ、パリ・サンジェルマンやバイエルン・ミュンヘンなど多数のクラブと提携し、グッズの企画から製造、販売までを担うスポーツライセンスマーチャンダイジングの“プロ”である。アジア戦略を進める中で2018年に日本法人を設立し、2019年から福岡ソフトバンクホークス、2021年から北海道日本ハムファイターズと長期提携(2021年は一部店舗のみ)を結ぶなど、国内での事業を拡大している。


 今回の契約締結はJクラブ初、さらにサッカー界においてはアジア初の出来事とあって、大きな注目を集める。元銀行員であり、千葉ロッテを長年の赤字から黒字に転じさせ、“リアル・半沢直樹”の異名を持つ山室社長が手を組むことを決断したファナティクスは、Jリーグにどんな風を巻き起こすのだろうか。



 Jリーグへの進出を目論んでいたファナティクスがエスパルスを提携先に選んだ理由は大きく2つある。一つは、同社の傘下ブランド『Majestic』が千葉ロッテのユニフォームサプライヤーを務めていたため、山室社長との接点があったこと。もう一つは、《ファン至上主義》を掲げる同社の強みを生かせるベースがエスパルスに根付いていることだ。


「エスパルスさんはJリーグ創設期から加盟する《オリジナル10》の一つであり、歴史と伝統のあるクラブ。成績にとらわれずクラブを愛するファン・サポーターが根付いているという点から、《ファン至上主義》を掲げる我々にとって大きな可能性を感じています。現在、弊社が提携しているプロ野球団のような包括的かつ戦略的なパートナーシップを締結させていただいているJクラブがこれまでなかった中で、プロ野球でビジネスをご一緒させていただいた山室社長ならば、我々のマーチャンダイジングの強みもご理解いただいている。『ファン・サポーターの満足度を高めていきたい』というお互いのベクトルが合ったところで、思いを実現できると確信いたしました」(ファナティクス・ジャパン合同会社マネジング・ディレクター 川名正憲氏)


 ファナティクスの大きな特徴は、一般的なスポーツ用品メーカーと異なり、自社製品としてボールやスパイクなどの製造は行っていない。つまり、ライセンス契約の提携先が成果を出せなければ売上がなく、パフォーマンスブランドと呼ばれる大手メーカーと違い、結果にコミットした企画力や投資力で勝負している。


 プロ野球と異なり降格制度のあるJクラブとの提携は、成果がチーム成績に左右されるリスクも伴うが、その上で10年という長期契約を結んだことに同社の強い覚悟が窺える。川名氏は「グッズの売上が上がればキャッシュが増える。それをチームの強化や他の投資に回してほしい」と自信を覗かせる。



 ファナティクスの強みは、スポーツが持つ“不確実性”に左右されない独自のビジネスモデルを築き上げていることだ。


「スポーツは活躍する選手やチーム成績の予測が難しく、その不確実性こそが醍醐味でもあると思っています。そこで何カ月も先の未来を予測すると、販売機会を逃したり、過剰在庫が出てしまったりと失敗が起こる。そういった失敗を避けるため、我々は生産のリードタイムを短縮する部分に投資しているところが強みです。グッズは、サプライヤーさんから仕入れるものもありますが、例えば、優勝記念グッズなどはお客様の熱が最も高まっている“ホットな瞬間”に売り出せるよう、我々の倉庫の中に保有している機械で製造します。もちろん優勝記念グッズの場合は、優勝が決定する前に需要を予測しながら製作を始める商品もありますが、我々のビジネスモデルなら過剰在庫のリスクを最小化し、なおかつ一般的な会社よりも数カ月早くお客様へ商品をお届けすることが可能です」(川名氏)


 また、川名氏は今回の提携により、ファン・サポーターの「購買体験を明確に変える」と明言している。オンラインショップおよび実店舗でのサービス向上はもちろん、クラブオフィシャルショップ『エスパルスストア(2021年より改称予定)』に至っては、来年2月頃のリニューアルオープンが予定されている。


 中でもファナティクスが自信を持つのは商品のラインナップ数だ。《ファン至上主義》を掲げるからには、あらゆる層のファン・サポーターのニーズに応じた商品を展開していく。実際、ソフトバンクでは4年連続日本一を達成した今季、優勝記念グッズを約90種類600品番も製作し、オンラインショップの売上は昨年の優勝時の1.5倍で過去最高を記録した。


「『エスパルスファン』と一括りにしても年代が違えば性別も違う。昔からのファンもいれば、最近ファンになった方まで、本当に様々な方がいらっしゃる。一般的には品揃えを広げるとすごく効率が悪くなり、在庫も増えるので管理が難しくなるのですが、我々は《ファンに向けてのビジネス》を大事にしていますので、多様なニーズに応えていくことに注力しています。それにはこれまでプロ野球で培ったノウハウを生かすだけでなく、サッカーやJリーグ特有のニーズもあると思いますので、エスパルスのファン・サポーターの方に喜んでいただけるものをどんどん増やしていきたいと思っております」(川名氏)



 過剰在庫を持たないビジネスモデルを生かし、スポーツの“ホットな瞬間”を商品化した例が、ソフトバンクで製作・販売している『Today’s HERO Tシャツ』だ。勝ち試合のヒーローに選ばれた選手のTシャツを、試合日の日付入りで当日中に商品化し、1週間以内に購入者のもとへ届ける。


「『Today’s HERO Tシャツ』は商品化までのリードタイムの短さだけでなく、少量生産が可能だからこそ実現できているものです。実際、プロ野球は試合数が多いため、受注数が10枚だった日もありました。しかし、たった10枚でも喜んでくれるファンの方がいるならば、販売する意義がある。普通なら10枚なんて少量生産は難しいですし、企画から販売まで一気通貫で自社完結できる我々だからこそ、クラブに余計な経営資源や在庫リスクを掛けることなく実現できます。ヒーローだけでなく、例えば新人選手のデビュー戦、新加入選手の移籍後初ゴールなど、あらゆるホットな瞬間、瞬間を商品として形に残し、ファン・サポーターの方々の満足度を高めていけたらと考えています」(川名氏)


 エスパルスとの契約では、物販売上を約4億円から10年後までに約2倍以上に伸ばすことを目標としているが、「さらなる高みを目指す」と川名氏。


「ソフトバンクホークスさんとのパートナーシップでは、コロナ禍でも実績を伸ばせたところもあり、日本国内のスポーツマーチャンダイジングにおいては、まだまだ可能性しか感じていません。まずはエスパルスさんとの提携を何としても成功させ、『少し伸びた』ではなく、ファン・サポーターの皆さんからの評価も含めて『格段に良くなった』と言っていただけるようにしたい。そして他のクラブにも事業を広げていけたらと思っています」


「大きな転換期になる」と山室社長が見据えるように、サッカーの街、静岡・清水からJリーグのスポーツマーチャンダイジングが大きく変わろうとしている。


取材・文=平柳麻衣