サッカー界がコロナ禍による財政難に苦しむ中、今オフには長年Jリーグのクラブで活躍してきたベテラン選手たちの退団・引退報道が相次いだ。そんななか、39歳の元日本代表MF松井大輔をはじめとするJリーグ経験者4人(松井大輔/元横浜FC、高崎寛之/元FC岐阜、ウ・サンホ/元栃木SC、苅部隆太郎/元FC岐阜)を相次いで獲得して注目を集めた東南アジアのクラブがある。サイゴンFCだ。


 この連載では、急激に“日本化”が進み、にわかに注目を集めるサイゴンFCの野望に迫る。第5回では、2月24日にサイゴンFCの監督に就任した霜田正浩氏にインタビューを実施した。


文・写真=宇佐美淳


◆強化部での経験を監督業に生かしたい

――今季開幕前にシニアダイレクターとしてベトナムに渡りましたが、その後、監督に就任されました。どのような経緯だったのでしょうか?

霜田 当初はクラブを外から総合的に見てアドバイスしてほしいということだったのですが、その後、監督就任の打診を受けました。私としては現場の監督を続けたいという思いもずっと持っていましたので、快諾しました。


――これまでにクラブレベルと代表レベルで、現場の指導者と強化部の仕事を長く経験されていますが、それぞれの仕事のやりがいについてお聞かせください。

霜田 その国あるいはクラブをどのように強化していくのかということで、現場の監督も強化部長やGMの仕事も、どちらも同様のやりがいがあります。逆に言うと、どちらか一つだけでは強い組織を作れない。一番良いのは、現場の監督と強化部が両輪になって一緒に回ることです。これがうまく回らないと車は速く前に進めません。


――それぞれの仕事で必要だと思う資質については?

霜田 私に資質があるかはわかりませんが、現場の監督には短期的な目標があるので、目の前の試合に集中し対戦相手を分析して戦い方を決めたり、今調子がいい選手が誰なのかを見極める目が必要です。一方、強化部には中期的、長期的なビジョンが求められ、チームがどういうサッカーを目指すのか、そのためにどんな監督と選手を連れてくる必要があるのかという指針を決めないといけません。そういう意味で、2つの仕事は視野の深さと長さが変わってきます。


――ご自身にはどちらの仕事が向いていると思いますか?

霜田 向いているか否かは他者が判断することなので何とも言えません。ただ、強化部として日本サッカー協会でも長く携わり、代表チームの強化だったり、代表監督の選考までやらせてもらったので、これからはそこで培った経験を現場の監督として生かしてきたいと思っています。ですから、今は現場の監督を続けていきたいという気持ちが強いですね。


――旧正月明けの監督就任から数週間が経ちました。チームの雰囲気はどうですか?

霜田 非常に前向きにやってくれています。僕自身、海外のクラブで指揮を執るのは初めてですし、選手たちも外国人監督に指導を受けた経験がほとんどない。お互いが初めての者同士なのですが、これから新しいことにチャレンジしていこうという気持ちになれているので、非常に雰囲気はいいです。


――シニアダイレクターの時期、監督就任後の時期も含め、ここまでの中で見えてきたサイゴンFCが抱える課題は何でしょうか?

霜田 Vリーグの中で、サイゴンFCがどんなサッカーをしていくのかをもう少し明確にしたいと思っています。理想の話ではなくて、今いるメンバーで何ができるのかというチャレンジ。昨シーズンは3位という素晴らしい成績を残しましたが、その要因となった選手たちの大半が退団してしまいました。新しいオーナー、新しい監督、新しいチームとなったサイゴンFCが、これからどんなサッカーを目指し、どんなクラブになっていくのか。それを確立するためのスタート地点にいるのだと思っています。


――どんなスタイルのサッカーを目指していくのでしょうか?

霜田 やれる、やれないは別として、ホーチミン市という大都市を本拠地とするクラブなのですから、守ってカウンターからのワンチャンスで1点取って逃げ切るというようなサッカーではなく、もっと能動的に自分たちでアクションを起こし、仕掛けていくサッカーをしたいと思っています。


――サイゴンFCが持つクラブとしての強みは?

霜田 チャン・ホア・ビン会長と藤原兼蔵副CEOが先頭に立ち、フロントと現場が一致団結して同じ方向を向いているというのが強みだと思います。チームとしては、松井(大輔)を筆頭に、メルロ(アルゼンチン出身帰化選手)、ティアゴ(ブラジル人DF)といった経験豊富な外国人選手がおり、若い選手が彼らを手本にして学ぶという環境ができています。シーズンを通して若手が成長してこないと難しい部分があるので、若手の底上げと、いかにベテランをいいコンディションで戦わせられるかが重要になってくるでしょう。


◆初陣はダービー。しっかりと結果を残したい

――昨年チームを3位に導いたブー・バン・タイン前監督からバトン引き継ぐにあたり、変えていきたい部分、あるいは変えずに強化していきたい部分があれば教えてください。

霜田 昨年大活躍したブラジル人FWのペドロ・パウロ(現ベトテルFC)とジョバネ・マグノ(現ハノイFC)が退団したという前提があり、そこからスタイルを変えていく必要がありました。8人で守っても2人だけで点を決めてくれる、というサッカーではなく、自分たちで主体性を持ってプレーしたい。ベトナム人選手にはもちろん長所もありますが、リスクを恐れてチャレンジしない部分があります。どうしても外国人選手に頼ってしまう部分があるので、そういうメンタリティを変えていきたい。自信を持って能動的にプレーするということを、国籍や年齢、経験を問わずサイゴンFCのチームカラーにしたいと思っています。そうしていかないとベトナムサッカーは良くならない。それに、会長が望むようにチームから代表選手を輩出していくためには、リスクを取ってでも自分からアクションを起こす勇気を持った選手を育てていくことが重要だと思います。


――今季のサイゴンFCには松井選手、高崎選手、ウ・サンホ選手と3人のJリーグ経験者がいますが、監督としてピッチ内外で彼らにどんなことを求めていますか?

霜田 先ほど言ったように、ベトナム人選手のメンタリティを改善していくうえで、彼らの存在は本当に大きなサポートになります。Jリーグで結果を残し、松井に関してはワールドカップも経験した本物のベテランです。彼らの一挙手一投足を見ることで、ベトナムの若い選手たちが成長できるはず。ただし、見るだけでは「ああ、すごいな」で終わってしまうので、松井選手が40歳まで現役でプレーできているのはどうしてなのかを考えてほしい。ベトナム人選手たちには、他人に言われてやるのではなく、自分たちで考え、発見して、成長することを期待しています。


――新型コロナウイルスの再燃でリーグが中断し、予期せずチーム強化の時間が与えられる形になりましたが、この間どんなことに重点を置いてトレーニングしてきましたか?

霜田 「サイゴンFCとしてどんなサッカーをしていくのか」という、プレーモデルを練習する時間を取ることができました。今は自分たちのスタイルの構築をしている段階です。もちろん時間はかかりますし、理解の速度には個人差もありますが、チームとしてどうやってボールを奪い、点を取り、守るのかを理解させ、そのなかでどれぐらい勝てるのかということにチャレンジしているところです。


――サイゴンFCは今年2月にFC琉球と提携し、年内にベトナム人選手を送り出す計画を発表しました。この第一弾としてサイゴンFCのカオ・バン・チエン選手の名前が挙がっていますが、彼の評価についてお聞かせください。

霜田 うちの中心選手で大黒柱の一人なので、日本でどのような成長を見せてくれるのか非常に楽しみです。現時点ですぐに琉球のレギュラーが取れるかと言えば難しい部分もあるでしょうが、練習についていくだけのクオリティは持った選手なので、試合に出られるかどうかは彼の頑張り次第。せっかく日本でチャレンジする機会を与えるのであれば、こちらもそれなりの選手を選ぶ必要があります。現場の監督からすれば中心選手が抜けるのは痛いですが、クラブの長期的ビジョンには僕も賛同していますし、サイゴンFCの一つのプロジェクトとしてチャレンジの場を与えるのは意義があることだと思います。


――リーグ再開後の初戦となるホーチミン・シティ戦が3月19日に迫っています。霜田監督にとっての初陣がいきなり「サイゴンダービー」となりますが、意気込みは?

霜田 どれも大事な試合ではありますが、初戦で、さらにダービーということもあり、たとえ自分たちが目指すサッカーが美しくできなかったとしても、しっかり結果を出したいと思います。


――最後に今シーズンの目標を教えてください。

霜田 チームとして目標は絶対になくてはいけないものだと思っています。昨年の3位を上回ることがチーム全員の目標です。