2022−23シーズンのプレミアリーグは8月5日に開幕する。新シーズンから参戦する注目選手の一人は、ドルトムントからマンチェスター・Cへの移籍が決まったノルウェー代表FWアーリング・ハーランドだ。


 2020年1月に加入したドルトムントでは、公式戦89試合で86得点とゴールを量産したハーランド。ジョゼップ・グアルディオラ監督が就任した2016年以降、プレミアリーグを4度も制覇しながら、欧州のタイトルには届かなかったマンチェスター・Cに“ビッグイヤー”をもたらすことができるだろうか。


 過去、プレミアリーグではスカンジナビア3カ国(スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)出身の選手が数多く活躍してきた。イギリスメディア『デイリー・スター』は代表的な9名をランキング化して紹介。数年後のランキングでは、ハーランドがトップに躍り出ている可能性も十分にあるだろう。


[写真]=Getty Images


◆■9位:ピエール・エミール・ホイビュルク(デンマーク/26歳)


 コペンハーゲンやブレンビーの下部組織を経て、2012年にバイエルンと契約。17歳にして名門クラブのトップチームでピッチに立ったピエール・エミール・ホイビュルクは、2016年にサウサンプトンと5年契約を締結した。ラルフ・ハーゼンヒュットル監督は、2018年12月の就任後、間もなくしてホイビュルクをキャプテンに指名。「ボールを奪うことができ、ファイナルサードでラストパスを出せる重要な選手」と高評価を下した。しかし、チャンピオンズリーグ(CL)でプレーがしたいと公言していたデンマーク代表MFは、2020年夏にトッテナムへの移籍を選択。同クラブでも主力としてピッチに立ち続け、1500万ポンド(約25億円)での移籍を疑問視する声を一蹴した。新シーズンは、バイエルン時代の2014−15シーズン以来、遠ざかっていたCLの舞台が待っている。


◆■8位:セバスティアン・ラーション(スウェーデン/37歳)


 16歳の時にアーセナルと契約を結んだ元スウェーデン代表MF。トップチームに昇格はしたものの、定位置を掴むことはできなかった。しかし名選手を数多く指導した当時のアーセナル指揮官、アーセン・ヴェンゲル氏をして、「リーグで一番のFKキッカー」と言わしめるほどのプレースキックのスペシャリスト。アーセナルから移籍したバーミンガムでは、2年目の2007−08シーズンには個人賞を総なめに。クラブは2部降格の憂き目に遭ったが、ラーションはサポーターとチームメイトから年間MVPに選出された上に、ゴール・オブ・ザ・シーズンも受賞した。2011年に加入したサンダーランドでも、2014−15シーズンのクラブ年間最優秀選手に選ばれたラーション。デイヴィッド・モイーズ氏が率いていた同クラブの2部降格が決まった2017年夏に、契約満了に伴いハル・シティに移籍した。2018年からは母国スウェーデンのAIKに所属している。37歳となった現在も、キャプテンとしてピッチに立ち続けている。


◆■7位:モアテン・ガムスト・ペデルセン(ノルウェー/40歳)


 9月で41歳になる元ノルウェー代表MFは、今でも現役選手としてピッチに立ち続けている。2004年にトロムソからブラックバーンに加入したペデルセン。2年目にレギュラーの座を掴むと、ビッグクラブから興味が寄せられるようになった。しかし、その後もブラックバーン愛を貫き、チャンピオンシップに降格した2012−13シーズンもクラブの為に戦った。翌シーズンはトルコのカルデミル・カラビュックスポルでプレーをし、2014年以降は母国ノルウェーでプレー。強豪ローゼンボリ、古巣トロムソを経て、2020年から2年間は3部リーグのアルタIFに所属。2021年にはリーグ戦で25試合に出場し、12得点とゴールを量産した。コーナーキックから直接ゴールも記録した。現在は2部リーグのオーソネに所属しており、ブラックバーン時代と同じ背番号「12」を付けて、左足でファンを魅了し続けている。


◆■6位:ヨン・アルネ・リーセ(ノルウェー/41歳)


 本職は左サイドバックながら、左サイドハーフとしてプレーをすることもあった元ノルウェー代表DF。母国のオーレスンでキャリアを開始し、2001年にモナコからリヴァプールに加入した。イスタンブールの奇跡と呼ばれる2004−05シーズンのCL制覇にも大きく貢献。リヴァプールでは公式戦348試合に出場し31得点を記録したリーセは、2008年にローマへ移籍したが、2011年にフルアムと契約してプレミアに復帰。チームが2部に降格した2014年に放出された後は、キプロスやインドのリーグにも挑戦した。最後はノルウェー5部のロロンでプレーをし、引退後はマルタのビルキルカラでスポーツディレクターに就任するも、数カ月で辞任することに。ノルウェー3部のフリントで監督としての経験を積み、2021年12月からは女子1部リーグのアヴァルスネスで指揮を執っている。


◆■5位:クリスティアン・エリクセン(デンマーク/30歳)


 次の所属先次第で、ランキングが上がる可能性は十分考えられるだろう。2013年にアヤックスから1100万ポンド(約18億円)でトッテナムに加入したエリクセン。初年度、そして欧州5大リーグで最多の公式戦23アシストを記録した2016−17シーズンにはクラブの年間最優秀選手に選出。2017−18シーズンにはPFA年間ベストイレブンにも選ばれた。2018−19シーズンにはCL決勝進出に貢献したデンマーク代表MFは、翌シーズンの冬の移籍市場でアントニオ・コンテ氏が率いていたインテルに移籍。2020−21シーズンにはクラブに11年ぶりのスクデットをもたらした。その直後のEURO2020で試合中に心停止状態に陥り現役続行が危ぶまれたが、今年1月にブレントフォードと短期契約。プレミアリーグで復活を遂げたエリクセンには、古巣であり、インテル時代の恩師コンテ氏が率いるトッテナムや、マンチェスター・Uが獲得に名乗りを上げているという。


◆■4位:カスパー・シュマイケル(デンマーク/35歳)


 偉大過ぎる父に肩を並べるのは難しいかもしれないが、レスター史上最高の守護神としてクラブの歴史に名前を刻むことは間違いないだろう。父ピーター・シュマイケルがスポルティングに所属していた2000年に、ポルトガルのエストリルのユースでキャリアをスタート。2年後に父が現役時代の最後を過ごしたマンチェスター・Cの下部組織に加入。しかし出場機会をほとんど得られず、ローン移籍を繰り返した末に、2009年にリーグ2のノッツ・カウンティに加入した。翌年はチャンピオンシップのリーズでレギュラーとしてプレーをし、2011年に当時2部のレスターと契約。3年間でクラブを昇格させ、2015−16シーズンには“奇跡の優勝”の立役者の一人となった。その後もレスターの絶対的守護神として君臨。同クラブで9年間主将を務めたウェズ・モーガンが引退した2021年からは、正式にクラブのキャプテンも務めている。


◆■3位:オーレ・グンナー・スールシャール(ノルウェー/49歳)


 “マンチェスター・Uの歴史上で最も有名なゴールの一つを決めた男”。1998−99シーズンのCL決勝バイエルン戦で、後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決めたスールシャールを『デイリー・スター』はこのように紹介している。1996年にモルデからオールド・トラフォードにやって来た元ノルウェー代表FWは、豪華な攻撃陣を揃えるマンチェスター・Uにおいては控えに回ることが少なくなかったが、途中出場した150試合で決めたゴールの数は「29」。抜群の決定力を誇ったスールシャールは、“ベビーフェイス・アサシン(童顔の殺し屋)”として対戦相手から恐れられた。引退後はマンチェスター・Uのリザーブで指導者としての道を歩き始め、モルデとカーディフで監督を務めた後に、ジョゼ・モウリーニョの後任としてマンチェスター・Uの監督に就任。ビッグクラブに相応しいタイトルを取ることができずに昨年11月でクラブを離れることになったが、クラブのレジェンドとしての地位に傷がつくことはないだろう。


◆■2位:フレドリック・ユングベリ(スウェーデン/45歳)


 デビュー戦でアーセナルファンの心を鷲掴みにしたユングベリが2位に選出された。2011年には清水エスパルスでプレーをし、日本でも大きく話題となった元スウェーデン代表MFは、1998年にハルムスタッドからアーセナルに加入。アーセナルの旧本拠地『ハイバリー』初登場となった同年9月のマンチェスター・U戦でいきなりゴールをマーク。チームは3−0の勝利を収めた。2007年にウェストハムへ移籍するまでの9年間で、アーセナルで公式戦326試合に出場。FAカップを3度掲げた他、2004年のインビンシブルを含め、プレミア制覇を2回達成した。引退後もアーセナルの下部組織で監督を務めた他、2019年11月にウナイ・エメリ氏が解任された後は暫定監督も務めていた。ミケル・アルテタ監督が就任した後もアシスタントとしてクラブに残っていたが、2020年夏に退任。現在は解説者として忙しい日々を送っているようだ。


◆■1位:ピーター・シュマイケル(デンマーク/58歳)


 オールド・トラフォードで圧倒的な存在感を誇った守護神が1位に選ばれたことには、多くの人々が納得するだろう。北欧出身選手の中では唯一、プレミアリーグの殿堂入りも果たしているピーター・シュマイケルは、1991年にブレンビーからマンチェスター・Uに加入。デンマーク代表GKが在籍した8年間で、マンチェスター・Uはリーグ優勝5回を含む10個の主要タイトルを獲得した。父親に子供の頃からピアノの練習をさせられていたというシュマイケルは、1996年のFAカップ決勝でリヴァプールを倒した後、トランペットを習い始めていたチームメイトのエリック・カントナと即興でジャズのスタンダードナンバー『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』を演奏したのだとか。1998−99シーズンの歴史に残るトレブルを置き土産に、シュマイケルはマンチェスター・Uに別れを告げた。スポルティングで2年過ごした後はプレミアリーグに戻り、アストン・ヴィラとマンチェスター・Cで1年ずつプレーをし、39歳でグローブを置いている。


(記事/Footmedia)