先週末、MF鎌田大地のチームメイトが歴史にその名を刻んだ。


 ラツィオの主将にしてエースストライカーのイタリア代表FWチーロ・インモービレは、今月10日に行われたセリエA第24節カリアリ戦に先発出場すると、後半に入った49分にチームの2点目をゲット。デンマーク人FWグスタフ・イサクセンのシュートが敵GKに弾かれた瞬間、いち早く反応したのが33歳の点取り屋だった。インモービレは、角度のないところから右足を振り抜いてシュートを叩き込み、チームを3−1での勝利に導いた。今季リーグ戦の6点目、そしてセリエAで自身通算200点目となる節目のゴールだった。


 試合後、インモービレは「素敵な数字だね。多くのチームメイトの協力があってたどり着けた」と仲間への感謝を忘れなかった。そして「同じ気持ちで、楽しみながら、明るく準備したい」と臨んだ14日のチャンピオンズリーグ(CL)の試合でも、ドイツの“絶対王者”バイエルンを相手にPKから決勝ゴールを決め、チームを勝利に導いた。


 インモービレは、18歳でユヴェントスに入団してプロの道を歩み始めた。ユヴェントスではほぼ出番がなく、ローン移籍を繰り返してセリエBで得点王に輝くと、2012−13シーズンにはジェノアへ完全移籍加入。そして、22歳にしてようやくセリエAで初めてゴールネットを揺らした。その時も、相手は今回と同じカリアリだった。翌シーズンにはトリノに移籍し、セリエAで22ゴールを叩き出して得点王に輝くことに。


 それからドルトムントやセビージャなど国外クラブでもプレーした点取り屋は、イタリアに戻ってくると2016年7月にラツィオに加入。以降、3度もセリエA得点王に輝く決定力を見せつけ、史上8人目となるセリエA通算200ゴールを達成したのである。341試合での達成は歴代3位の記録だという。


 ただし、得点を量産し続けるストライカーにとって今回の200ゴールも通過点にすぎない。セリエA歴代得点ランキングでインモービレよりも上に立つ選手は7名いる。今回はそのランキングを見てみよう。


◆■7位:ロベルト・バッジョ

得点数:205ゴール


 歴代最高の選手の1人として名前を挙げられることも多いFWロベルト・バッジョも、セリエAで200ゴールを達成している。1994年にアメリカで開催されたFIFAワールドカップ決勝でPKを外して悲劇のヒーローとなったバッジョは、ヴィチェンツァで選手キャリアをスタートさせると、フィオレンティーナに引き抜かれてセリエA初ゴールをマーク。その後はユヴェントスでセリエA制覇に貢献し、リーグ戦では141試合の出場で78ゴールという決定力を誇った。


 それからミラン、ボローニャ、インテルを経て、キャリア晩年はブレシアでジョセップ・グアルディオラなどの選手と一緒にプレー。33歳で加入した新天地でもネットを揺らし続けたバッジョは、同クラブでの4シーズンで95試合45ゴール。2004年3月14日のパルマ戦では、鋭いドリブルでボックス内に侵入してから冷静にゴールネットを揺らし、通算443試合目の出場にして200ゴールを達成。その2か月後、惜しまれながらスパイクを脱いだ。


◆■6位:アントニオ・ディ・ナターレ

得点数:209ゴール


 6位にはウディネーゼで驚異の決定力を誇ったFWアントニオ・ディ・ナターレがランクイン。2004年、当時27歳だったディ・ナターレは所属していたエンポリが降格の憂き目に遭ったためウディネーゼに移籍。すると、そこから毎シーズンのようにゴールネットを揺らしていく。


 11シーズン連続で公式戦2桁ゴールをマークしたほか、2009−10シーズンからは2年連続でセリエA得点王に輝く。そして2014年11月のキエーヴォ戦でゴールを奪い、セリエA通算400試合目の出場で200ゴールを達成した。キャリア最後の2015−16シーズンはわずか2ゴールに留まったが、それでも自身のゴール数を209点まで伸ばし、現役生活に別れを告げた。


◆■4位タイ:ジョゼ・アルタフィーニ

得点数:216ゴール


 216ゴールを叩き出したのは、2か国の代表選手としてFIFAワールドカップ出場経験を持つFWジョゼ・アルタフィーニだ。ブラジル出身のストライカーは、パルメイラスで活躍したのち1958年にミランに移籍すると、そこからイタリアでゴールを量産。ミランで204試合出場120ゴールという驚異的な数字を残し、1962−63シーズンにはクラブにとって初のチャンピオンズカップ(現:チャンピオンズリーグ)制覇に貢献。その後はナポリやユヴェントスでもゴールネットを揺らした。


 ブラジル代表としては、“王様”ペレと共に1958年にスウェーデンで開催されたFIFAワールドカップに出場し、世界一に輝いた。しかし、当時のブラジル代表は海外組を招集していなかったそうで、イタリアに渡ったアルタフィーニはイタリア代表への変更を決断。そして、1962年にチリで開催されたFIFAワールドカップに出場した。


◆■4位タイ:ジュゼッペ・メアッツァ

得点数:216ゴール


 同じく216ゴールを生み出したのはインテルにとって伝説のアタッカー、ジュゼッペ・メアッツァだ。1934、1938年のFIFAワールドカップでイタリアを連覇に導いたアタッカーは、インテルでゴールを量産。1927−28シーズンに同クラブでデビューを果たすと、そこからクラブ記録となる公式戦287ゴールを叩き出すことに。3度もセリエAの得点王に輝くと、ミランやユヴェントスでもプレーし、セリエAで通算216ゴールを奪った。1980年、68歳で他界した翌年、英雄の功績を称えて本拠地『サン・シーロ』には彼の名前が付けられた。


◆■3位:グンナー・ノルダール

得点数:225ゴール


 今回のリストで唯一の外国籍選手が3位のグンナー・ノルダールだ。スウェーデン代表として1948年のロンドン・オリンピックを制しただけでなく、大会得点王にも輝いたノルダールは、翌年1月に母国スウェーデンからミランへ加入。すると恐ろしいほどの決定力を発揮することに。


 シーズン途中から加入して、いきなり15試合で16ゴール。その後もゴールを決め続け、歴代最速の「238試合」で200ゴールを達成。最終的にミランでは、257試合の出場で210ゴールを叩き出し、歴代最多となる5度もセリエAの得点王に輝いた。


◆■2位:フランチェスコ・トッティ

得点数:250ゴール


 決して破られないと思われたノルダールの1クラブでのゴール記録(210得点)を更新したのはローマの“王子”だった。1993年に16歳でセリエAデビューを果たすと、17歳で初ゴール。そこから40歳までローマ一筋で25シーズン、チームの顔として活躍し続けた。そしてセリエAでは歴代3位となる619試合に出場し、歴代2位の250ゴールを生み出した。


◆■1位:シルヴィオ・ピオラ

得点数:274ゴール


 歴代1位のFWシルヴィオ・ピオラも、16歳から40歳までセリエAのみでプレーを続けた。1920〜50年代にかけてプロ・ヴェルチェッリ、ラツィオ、トリノ、ユヴェントス、ノヴァーラでプレーし、歴代11位の537試合に出場。そして2度の得点王に輝くなど、今も破られぬ歴代最多の通算274ゴールを叩き出したのだ。1938年にはイタリア代表としてFIFAワールドカップに出場すると、決勝での2得点を含む5ゴールで母国を世界一に導いた。


 果たして、チーロ・インモービレはどこまでゴール数を伸ばせるだろうか。セリエA通算200ゴールに到達した点取り屋に今後も注目したい。


(記事/Footmedia)