どのJクラブのホームスタジアムにも、それぞれのクラブやサポーターとともに紡いできた歴史があり、魅力がある。


 ベガルタ仙台のホームであるユアテックスタジアム仙台も、その一つ。フットボール専用スタジアムとしてスタンドとピッチが近いことを魅力として挙げる人もいるし、その屋根に反響する声援がスタジアムの壁に床に響き渡ることを挙げる人もいる。雰囲気そのものが忘れられない人もいるだろう。


 来季からの仙台加入が6月1日に内定した流通経済大学のジャーメイン良も、仙台加入を決めた理由の一つに「公式戦を見せてもらった時の、スタジアムの雰囲気が良かった」ことを挙げた。


 そのような魅力を持つユアテックスタジアム仙台は、今年20周年を迎えた。


 1997年6月1日に、かつてのJFL(当時は全国2部リーグ相当)のブランメル仙台(現ベガルタ仙台)と本田技研(現HONDA FC)が対戦してから、この場所では様々な試合が繰り広げられてきた。特にここをホームとするベガルタ仙台は、喜怒哀楽すべてをともにしてきたと言える。


 今の仙台でプレーを続ける者たちは、この地でこそ感じられる魅力を、様々な人々に伝え続けている。


 例えばプロ6年目の奥埜博亮は、「僕は(仙台の)ジュニアユースから仙台でやっていたので、このスタジアムが20周年を迎えたことを嬉しく思います」と、喜びを口にする。ボールボーイとしてトップチームの試合を間近で見て憧れ、仙台大学の学生だった2010年のJリーグヤマザキナビスコカップ(現JリーグYBCルヴァンカップ)第2節京都サンガF.C.戦では、JFA・Jリーグ特別指定選手としてこのスタジアムで“Jデビュー”を果たした。2012年からプロ生活を始め、V・ファーレン長崎に期限付き移籍していた時も「仙台に戻る時は、開幕戦からあのユアスタのピッチに立てるように成長できた時」と決めていた。そして復帰した2015年には実際に開幕戦で先発出場を勝ち取り、同年にはJ1初ゴールをこの地で決めた。奥埜は「このチームにいて、そして20周年をその一員として迎えられること」が、特に喜ばしいという。


 選手としてチーム在籍期間が最長の菅井直樹も、このスタジアムと長い歴史をともにしてきた。「20年という長い時間のうち、僕は15年をユアスタで戦うことができているのを、誇りに思っています」。彼が2003年にプロ入りして初めてユアスタのピッチでプレーしたのは、サテライトリーグでのこと。公式戦でのユアスタデビューは、J2降格後の翌2004年第2節だった。15年の中で、菅井は何度となくこのスタジアムと感情をともにしてきた。


 そんな菅井に、このスタジアムの変わらぬ魅力について訊いてみた。


 すると「サポーターとの距離の近さですね」と彼は即答した。「変わらず応援してくれる人たち、そしてその声援自体が、このスタジアムにとっての財産だと思います」。今はベテランと呼ばれる年になった菅井だが、その財産とともに、「ここでまだまだ戦っていきたい、という思いも強いですね」と、この先の歴史を紡ぐ一人であろうとしている。


 様々な人の思いが集まる、ユアテックスタジアム仙台。その20周年を記念する“2017 ユアテックWマッチ――ユアテックスタジアム仙台20周年――”が、7月22日に開催される。


文=板垣晴朗