パチューカに移籍した日本代表MF本田圭佑


 新チームでの背番号は「02」に決定した。


 3桁のナンバーを認めるなど、背番号に関してレギュレーションが寛容なメキシコリーグ。


 十の位に「0」がつく番号も驚きだが、本田が2番を選んだというのもなかなかの衝撃だった。


 一般的に「2」という数字は守備的な選手が背負うことが多く、DFがつけるケースがほとんどである。本田は自身が願う「世界平和」に因んでこのナンバーを選んだというが、本田ほどの攻撃的な選手が2番をつけるケースは世界的に見ても珍しい。


 そこで今回は、“意外にも”2番をつけたことがあるサッカー選手をご紹介しよう。


■モハメド・カロン

生年月日:1979/10/06(37歳)

国籍:シエラレオネ

ポジション:FW

現在のクラブ:現役引退

背番号「2」をつけたチーム:レッジーナ(1999−0)、ヴィチェンツァ(2000−01)


「世界一寿命が短い国」として知られるシエラレオネに生を受け、世界を舞台に戦ったモハメド・カロン。


 FWでありながら小さい番号を好む選手として知られ、インテル時代には3シーズンにわたって3番をつけた。そのエピソードは有名だが、実はインテル加入前にはレッジーナとヴィチェンツァでそれより小さな「2」を選んでいる。


■エミリアーノ・ヴィヴィアーノ


生年月日:1985/12/01(31歳)

国籍:イタリア

ポジション:GK

現在のクラブ:サンプドリア

背番号「2」をつけたチーム:サンプドリア(2014)


 2番を背負うFWも十分珍しいが、それ以上に希少性が高いのはGKではないだろうか。


 イタリア代表経験もあるGKエミリアーノ・ヴィヴィアーノは2014年にサンプドリアに加入する際、なんとこのナンバーを選択した。その理由は明らかになっていないものの、「大きな番号を好まない」という説も…。


 2008年の北京オリンピックではイタリア代表の正守護神を務め、日本戦でもゴールを守っている。チェーザレ・プランデッリ政権下のアッズーリではジャンルイジ・ブッフォンからも高評価を与えられていた。


■オズバルド・セサル・アルディレス

生年月日:1952/08/03(64歳)

国籍:アルゼンチン

ポジション:MF

現在のクラブ:現役引退

背番号「2」をつけたチーム:アルゼンチン代表(1978年)


“オジー”の愛称で知られるオズバルド・アルディレス。日本のファンにとってはJクラブを率いた印象の方が強いが、現役時代はMFであった。


 しかし、1970年代のアルゼンチン代表には名前のアルファベット順に背番号をつけるといった決まりがあり、”A”rdilesは1978年のワールドカップでは「2」をつけて出場(1番をつけたのは”A”lonso)。


 アルディレスは1982年大会には1番をつけてワールドカップに出場しており、「1」を背負ったフィールドプレーヤーとしても知られている。


■アブ・ディアビ


生年月日:1986/05/11(31歳)

国籍:フランス/コートジボワール

ポジション:MF

現在のクラブ:無所属

背番号「2」をつけたチーム:アーセナル(2004−2013)


 アーセナル時代、度重なる負傷に悩まされたアブ・ディアビ。


 ディフェンシブな選手というよりは攻守の両面で存在感を見せることができる選手だったが、オセールから加入して手渡されたのがこの番号だった。


 しかし、2013年からは背番号を「24」に変更すると、2015年にはチームを退団。その後、アーセナルの2番はマテュー・ドゥビュシーが背負っていた。


■モルガン・シュナイデルラン

生年月日:1989/11/08(27歳)

国籍:フランス

ポジション:MF

現在のクラブ:エヴァートン

背番号「2」をつけたチーム:エヴァートン(2017−)


 サウサンプトンで輝きを放ち、プレミアリーグでも指折りのセンターハーフとして鳴らしたモルガン・シュナイデルラン。マンチェスター・Uで出場機会を失い、今年1月に移籍したエヴァートンで2番を選択した。


 エヴァートンでは2006年からトニー・ヒバートがこのナンバーをつけていたが、2015−16シーズンをもって現役を引退。シュナイデルランはその伝統ある番号を受け継いだ形だ。


 加入後1シーズン目の昨シーズンは、14試合に出場し1ゴールをあげている。


(記事提供:Qoly)