8月2日、全国高校総体(インターハイ)は第4日目の戦いとなる準々決勝を消化。4強が出そろうこととなった。残ったのは流通経済大学付属柏高校、前橋育英高校、日大藤沢高校、そして市立船橋高校と、関東勢によるベスト4独占という形になった。ただ、準々決勝で惜しくも涙を呑んだ地方の高校の中にも鮮烈なインパクトを大会に残したチームがいる。北海道代表の旭川実業高校だ。


 北海道勢の高校総体における8強入りは、実に1994年度大会の室蘭大谷以来、23年ぶりの快挙だった。冬の高校サッカー選手権と異なり、北海道勢が2校出場できる総体で8強から四半世紀近く遠ざかっていたわけだから、富居徹雄監督が「そんなに長く行ってなかったのかと愕然とした。『これじゃあ、ダメだよね』と改めて思った」のも無理はない。


 理由は一つに限定できないだろうが、富居監督率いる旭川実業が全国に出たときの感覚として持っている原因は明確だったと言う。「北海道で優勝するために『引いて守って頑張って』というサッカーをしていた。それで全国決まって良かったねとなって全国に行ってしまうので、そこで通用しない」という実感である。その思いをさらに強くしたのが2011年に創設された高円宮杯プレミアリーグだ。その2年目のシーズンである2012年に参入を果たした旭川実は、リーグ戦全試合を終えて勝ち点「1」という屈辱的な戦績での降格を経験することになる。個別に接戦はあったのだが、まさに「引いて守って頑張って」の接戦だった。全国トップクラスとの格差を思い知らされる中で、富居監督の中で何かのスイッチが入った。


「何より自分自身がやっていて面白くなかったんです。攻める部分で面白いことができるチームになりたいという思いがあったし、僕自身も元々はそういうサッカーが好きなんです。だからちょっと(チームのスタイルを)変えていきました」(富居監督)


 スタイル転換の過渡期には、道内で結果が出なくなってしまう時期もあり、「迷惑をかけてしまった代がある」とも言うが、成果は徐々に見えてきた。また地元・旭川の選手たちに加え、コンサドーレ札幌のU−15チームから昇格できなかった選手を受け入れつつ、さらに網走ジュニアユース出身の大型GK中塚勝俊と高速ドリブラーのMF中田怜治など、決して有名ではないものの素材感のある「鍛えれば面白い」選手を発掘することにも注力しながら、戦力を整備した。


 さらに今季開幕前には高校やJユースの強豪が参加しているジャパンユースプーマスーパーリーグに何と北海道から参戦。地元がまだ雪に閉ざされている1、2月から、春休みの4月まで、旭川から静岡の御殿場まで遠征を繰り返した。清水ユース、前橋育英、草津東、山梨学院、富山第一といった全国の強豪校の胸を借りて積んだ実戦経験の意味は決して小さくない。当然ながら移動の負荷は小さくないし、費用も掛かることなのだが、そもそも北海道から御殿場がメイン会場の大会に参加しようという“熱”を持っていること自体が旭川実を強くする材料になることは想像に難くない。


 産みの苦しみを乗り越えながら鍛えられた今年のチームは、間違いなくこれまでとは違うカラーで全国と戦える選手が育ち、引いて守って頑張るだけではない、「攻めで面白いことができる」チームになっていた。一つの山場だった静岡学園高校との3回戦では、終盤こそ足が止まって厳しい流れにはなったものの、見事な攻撃から3点を奪うなどして3−2と快勝。関係者の多くが絶賛する戦いぶりを見せ付けた。敗れた日大藤沢との準々決勝にしても、連戦の消耗こそ感じられたとはいえ、大きな差があったとは思えない。中田の見事なシュートから先制点を奪い、ギリギリの戦いの末に喫した黒星だった。


 下級生も多く、冬に向けた伸びしろも感じさせるチームでもあるが、それ以上に数年後への期待感を持たせてくれるチームだった。富居監督が意識するのは北海道で勝つことではなく、「本州のチームに勝つ」チーム作りであり、人作り。かつて屈辱的な結果に終わったプレミアリーグへの復帰をも意識する。「攻めで面白いことのできる」新しい旭川実業が育ちつつある。それを存分に証明する「宮城の夏」だった。


取材・文=川端暁彦