10月8日、アニル・マーシーが正式にバレンシアの会長になってから100日が経った。同会長の仕事ぶりを地元メディアは称賛する。なぜならバレンシアは、第8節終了時点で2位につけているからだ。2シーズン連続で12位。予算がスペインで5番目に高いにも関わらず、欧州カップ出場権争いどころか、残留争いにさえ巻き込まれてもおかしくない状況だった。


 バレンシアは、混沌としていた。


 2015年11月30日にヌーノ・エスピリト・サント監督が去ってから、2017年シーズン前までにトップチームの船頭は、暫定監督を含めて実に6人が務めた。ガリー・ネヴィルはチームを勝利に導けず、元イタリア代表監督チェーザレ・プランデッリは、ディレクター陣が補強の約束を破ったと言って辞任。スポーツディレクターも入れ替わり、その際に不満を公にするなど、まさにクラブは誰もが降りたがる泥船となった。バレンシアニスタは、2014年にオーナーとなったピーター・リムにその責任があると考えていた。彼の所有物になってからチームは1シーズンだけ上向き、チャンピオンズリーグ出場権を勝ち取ったが、その後は前記した監督交代など日に日に崩壊。パコ・アルカセル、アンドレ・ゴメスら主力が次々に抜け、チームは低空飛行を続けていた。そんなチームから背を向けるようにピーター・リムは、2016年5月1日から今シーズンが開幕した8月17日まで、実に474日間メスタージャに姿を現さず。スタンドからシンガポール人オーナーに向けて起こる退陣コールがいつしか当たり前になっていた。2016年夏にはキャプテンを務めたこともあるスペイン人MFダニエル・パレホが移籍を直訴。イギリスでのキャンプに帯同していたにも関わらず、怠慢な練習態度でトップチームから外れ、個別でのランニングを命じられた。チームから心が離れていることをプロフェッショナルとしては最悪の形で示したが、昨シーズンは戦力として欠かせず、常時出場していた。チームは選手、ディレクターが一丸になれなかったのだ。


 4月15日にライフーン・チャンが会長を辞任し、7月1日にアニル・マーシーが会長に就任。シンガポール人のアニル・マーシーは同国の外務省で働き、その時にピーター・リムと知り合った。フランス・パリのシンガポール大使館に10年間勤務し、2016年11月からバレンシアで働いていたため、前会長が退陣してからは彼が実質会長として物事を進めてきた。会長に就任してから約100日だが、4月頃からバレンシアは今シーズンに向けて準備を進めている。前会長と違いアニル・マーシーは誰も間に介さず、直接ピーター・リムと連絡を取り、物事を速く進めているとスペイン紙『アス』は伝えていた。会長の人事にバレンシアニスタはまたもオーナーのお友達がやって来たと前会長ライフーン・チャンの失敗と重ね合わせ、失望する声が多かったが、そんな見通しを新会長は見事に裏切っている。


 ディレクターはマジョルカの会長を2度に渡って務め、2003年コパ・デル・レイ制覇など豊富な経験を持つマテオ・アレマニー。今年の3月27日からディレクター職に就き、5月11日には新監督としてマルセリーノ・ガルシア・トラルを招聘した。ラシン・サンタンデール、サラゴサ、セビージャ、そしてビジャレアルを率いたリーガで今、最も旬な監督の一人だ。マテオ・アレマニーがクラブのディレクターや構造を整理し、マルセリーノはトップチームの人員を整理を行った。バレンシアは初夏からこの3人を中心にプロジェクトをスタートさせ、チームを一新させた。


 トップチームでは17人が退団し、9人が新たに加わった。マルセリーノの熱心な仕事ぶりを新会長はこう明かす。「シンガポールへオーナーに会いに行った時、私は移動中は休んでいたが、彼は14時間ずっと選手リストを作り、ビデオを見ていたんだ」


 マルセリーノにはこんな話もある。主軸であるパレホの奥さんに電話をして、プロフェッショナルとして彼がサッカーだけに集中できるように食事など家庭環境を整えてくれと要望したという。


 マルセリーノとそのテクニカルスタッフは、このように体調管理など厳格で、そのあまりにも細かいところがビジャレアルを離れる一因にもなったが、若い選手が揃う今のバレンシアにはぴったりなのかもしれない。選手の評価も厳格だ。カンテラ出身で1部デビューしてからまだ1年も経っていないが、攻守に渡って活躍するカルロス・ソレールが第7節終了時点で最も出場時間が多く、他にも活躍するカンテラ出身のナチョ・ビダル、アントニオ・ラト、ナチョ・ヒルが今シーズンからトップチームに定着。若手の抜擢に加えて、実績のある選手にもその姿勢は一貫している。3試合1得点だったエースのイタリア人ストライカーをバレンシア・ダービーであった第4節レバンテ戦でスタメンから外し奮起を促すと、その翌節マラガ戦でシモーネ・ザザはハットトリックを達成した。このように怒りをモチベーションに昇華させるなどロッカールームを見事に掌握している。


 補強も的確だった。ユベントスから獲得したブラジル人GKネトは活躍し、ウナイ・エメリの助言もあってパリ・サンジェルマンからレンタルでバレンシアにやって来た20歳のポルトガル代表FWゴンサロ・ゲデスは、ベンフィカ在籍時代にクリスティアーノ・ロナウドと比較されたその才能を存分に発揮している。


 バレンシアは会長、ディレクター、そして監督が文字どおり一丸となり、好結果を生み出している。このチームならば少し勝利から見放され、要求と自尊心が高いメスタージャのスタンドから圧力を受けても、ぶれることなくプロジェクトを遂行させるだろう。


文=座間健司