恒星が集まって銀河となり、銀河が集まって銀河団や超銀河団を形成しているように、現在の宇宙は物質のある場所とない場所がはっきりと分かれています。この密度の違い、言ってみれば“物質密度の凹凸”は、宇宙誕生直後の初期状態によって形成されたものであると考えられています。誕生直後の凹凸は、濃い部分と薄い部分の違いがわずか10万分の1以下でしかなかったと推定されていますが、濃い部分が物質を引き寄せてより濃くなっていき、恒星や銀河が誕生する “種” となったと推定されています。

初期宇宙の凹凸の強さは、「Λ(ラムダ)CDMモデル」と呼ばれる理論で予測されています。ΛCDMモデルは物質密度の凹凸だけでなく、身近な物質である水素やヘリウムなどの割合や、宇宙の95%前後を満たしているとされる暗黒物質(ダークマター)および暗黒エネルギー (ダークエネルギー) の割合、宇宙の膨張速度など、宇宙の様々な性質やパラメーターを記述する最も基礎的な宇宙論の理論であると考えられています。

ΛCDMモデルの正しさは様々な観測によって証明されてきましたが、観測精度が向上するにつれて問題が現れてきました。観測手法の違いに応じて、いくつかのパラメーターが異なる値を示すようになったためです。本来、宇宙に関する基本的なパラメーターは、観測手法を変えても同じ値を示すはずです。それどころか、異なる観測手法で同じ値が算出されることによって、お互いに観測手法や理論解釈の妥当性を検証することができるはずなのです。

パラメーターが一致しない理由は謎であり、ΛCDMモデルでは予測されていません。パラメーターの不一致はΛCDMモデルにまだ知られていない欠陥が潜んでいるか、もしくはΛCDMモデルを超えた新たな理論の存在を示している可能性があります。ただし、それを確かめるためには、パラメーターがどの程度の強さで食い違っているのかを調べないといけません。

【▲ 図1: HSC-SSPが撮影した宇宙の画像の一例。 (Image Credit: HSC-SSPプロジェクト & 国立天文台) 】

【▲ 図1: HSC-SSPが撮影した宇宙の画像の一例(Credit: HSC-SSPプロジェクト & 国立天文台)】

日本、台湾、米国(主にプリンストン大学)の研究者が主導する「HSC-SSP」は、ハワイのマウナケア山頂にある「すばる望遠鏡」の超広視野主焦点カメラ「ハイパー・シュプリーム・カム (HSC) 」を使用した大規模観測プログラムです。観測期間は全体で5〜6年に渡りますが、今回はその約半分となる3年分のデータを解析した研究成果が国際研究チームによって発表されました。この時点での夜空の観測領域の広さは満月約2000個分に達します。

今回解析されたのは「重力レンズ効果」による光の歪みです。一般相対性理論によれば、重力は時空の歪みで表されます。光は時空にそって真っすぐ進もうとする性質があるため、時空が歪んでいる場所、つまり重力が強い場所では光の経路が曲げられます。あたかもレンズによって光の経路が曲げられるように見えることから、この現象は重力レンズ効果と呼ばれています。

重力レンズ効果があると、遠方にある銀河の像は歪められます。逆に言えば、銀河の像の歪みの度合いから重力レンズ効果の強さを知ることができますし、重力の源である物質の量を推定することもできるのです。宇宙には普通の物質に対して4倍も多い暗黒物質が存在するため、重力レンズ効果を正確に測定することができれば、暗黒物質の分布を推定することができます。そして、暗黒物質の分布は最初に述べた初期宇宙の凹凸と対応しているため、ΛCDMモデルにおける宇宙の凹凸を表す値と比較することができます。

今回の研究では、約2500万個もの銀河の像を使用することで、重力レンズ効果の解析を行いました。重力レンズ効果の例としてよくアーチ状に大きく歪んだ銀河の像が示されることがありますが、全ての銀河の像がそこまで歪むわけではありません。多くの場合、銀河の像の歪みは極めて小さいため、単に1つ1つの像を観るだけでは効果を推定することはできません。しかし大量の銀河と比較することで、像に生じたわずかな歪みを導くことができます。

また、解析結果の正しさを担保するための「ブラインド解析」も行われました。今回の研究の場合、解析に使用する観測データのカタログの中に偽のカタログを混ぜて同時に解析したこと、他の解析結果を観たり比較したりしないこと、解析結果に一切の変更を加えずに公開することを指します。

研究者も人なので、望ましい結果が出た時に解析や検証を無意識に停止してしまう確証バイアスに陥る恐れがあります。ブラインド解析を行うと結果が公表されるまでに人の意思が介入する余地を避けることができるため、人の無意識な行いに結果が左右される恐れを最小限にすることができます。

【▲ 図2: 今回の研究 (赤文字) では、4つの異なる手法でS8を算出し、ほぼ同じ値が得られた。欧米による過去の似たような研究結果 (緑文字) とも一致している。一方で、初期宇宙の光を分析した研究 (青文字) とは大幅なズレがある。 (Image Credit: Kavli IPMU) 】

【▲ 図2: 今回の研究 (赤文字) では、4つの異なる手法でS8を算出し、ほぼ同じ値が得られた。欧米による過去の似たような研究結果 (緑文字) とも一致している。一方で、初期宇宙の光を分析した研究 (青文字) とは大幅なズレがある(Credit: Kavli IPMU)】

HSC-SSPによる解析では、4つの異なる解析手法でブラインド解析を行い、「S8(σ8)」と呼ばれるパラメーターについての算出結果を報告しました。S8とは簡単に言えば、最初に述べた宇宙の凹凸に関わるパラメーターの1つであり、初期宇宙の光(宇宙マイクロ波背景放射)を解析・算出して得た値と、それ以降の後期宇宙の観測データを解析・算出して得た値の不一致が指摘されているパラメーターの1つでもあります。

今回の研究は、後者の後期宇宙の観測データを利用した解析に当たります。解析の結果、S8の値は小さいもので約0.763、大きいもので約0.776と算出されました。それぞれの解析結果はほとんど同じ値であり、同様の方法で解析を行った欧米での過去の研究ともよく一致します。

その一方で、初期宇宙の光を解析した研究結果で得られた値は約0.834であり、測定誤差を考慮しても95%の確率で一致しないことになります。このため、後期宇宙と初期宇宙のそれぞれで推定されたS8の値は、お互いに不一致が大きいことが再確認されました。

観測方法の違いによるS8の値の不一致は、現代宇宙論における未解決の難題です。その理由がどのようなものであれ、不一致の解決は現代宇宙論を大きく修正し、私たちの宇宙の見方を根本的に変える可能性を秘めています。S8の不一致が再確認された今回の結果は、現代宇宙論においてどのような修正が必要となるのか、そのヒントの1つとなることが期待されます。

 

Source

高田昌広. “ダークマターを見る! – HSC国際チームが宇宙の標準理論を検証”. (東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構) “HSC-Y3 Weak-Lensing Results”. (Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program) Roohi Dalal, et.al. “Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from Cosmic Shear Power Spectra”. (arXiv) Xiangchong Li, et.al. “Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from Cosmic Shear Two-point Correlation Functions”. (arXiv) Surhud More, et.al. “Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Measurements of Clustering of SDSS-BOSS Galaxies, Galaxy-Galaxy Lensing and Cosmic Shear”. (arXiv) Hironao Miyatake, et.al. “Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from Galaxy Clustering and Weak Lensing with HSC and SDSS using the Emulator Based Halo Model”. (arXiv) Sunao Sugiyama, et.al. “Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from Galaxy Clustering and Weak Lensing with HSC and SDSS using the Minimal Bias Model”. (arXiv) Planck Collaboration. “Planck 2018 results VI. Cosmological parameters”. (Astronomy & Astrophysics) Marika Asgari, et.al. “KiDS-1000 cosmology: Cosmic shear constraints and comparison between two point statistics”. (Astronomy & Astrophysics) DES Collaboration. “Dark Energy Survey Year 3 results: Cosmology from cosmic shear and robustness to modeling uncertainty”. (Physical Review D)

文/彩恵りり