五輪予選4度敗退も最後の挑戦へ日体大再入学

ハンドボール界のレジェンド、宮崎大輔が前代未聞の道にチャレンジしている。競技歴30年の38歳。端正なルックスと圧倒的な実力で人気に火が付き、日本代表を長らくけん引して「ミスター・ハンドボール」と呼ばれる第一人者は昨年4月、日本リーグの大崎電気を退団して母校の日体大に再入学した。実業団のトップ選手から学生に戻って再出発するケースは前例がない。

競技を取り巻く環境を変え、あえていばらの道を選んだのはなぜなのか―。

本人の答えはシンプルだった。「オリンピックがあるからです」。2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと五輪予選は4度の挑戦も全て敗退。新型コロナウイルスで延期された東京五輪は、まだ見ぬ夢舞台へ最後の挑戦となる。

気合一辺倒から進化「スポーツは科学」

「基礎体力を鍛え直したい。ゼロからのスタートですよ」。常人離れした跳躍力やパワーを生かした得点力で一時代を築いたが、日本代表で求められるポジションや役割も変わり、大崎電気での出場機会も減っていたことで、技術と体力強化に立ち返ることを一大決心した。

日体大は恩師の松井幸嗣氏が指導者だったことも背中を後押し。大学生活はスペイン留学のため一度休学してその後中退しており、この歳で「今さら勉強?」という不安も正直あったそうだが、面倒くさがらずにチャレンジしてみたことで「新たな気づきの連続」と刺激に満ちた学生生活の日々でもあるという。

特に授業の面白さは予想外に目を見張るものがあり、体の仕組みやメンタルを学ぶ講義はプレーにも生かせる内容が盛りだくさん。昔は気合一辺倒のところもあったが、動体視力を鍛える「速読」にも取り組むようになった。「スポーツは今、僕的には科学です!」と宣言して笑わせた。

最大の壁は若者言葉「ガチすごいっす!」

大学では実業団より練習量が毎日1時間ほど増え、体が絞れて体重も5キロ以上減った。大学に戻って思い出したのは走りのタイミングとステップワーク。30メートル走のダッシュ力はまだ学生にも負けず、体力テストは部員55人で総合トップと胸を張る。

ただ年齢のギャップは大きく、若者言葉の「大輔さん、ガチすごいっす!」とか「これワンチャン、ありますよ!」などはなかなかついて行けず、最大の壁となっているようだ。

1年生は19歳なので年齢的にダブルスコア。それでも大学のリーグ戦は周囲の期待も高いだけにハードルは高く「めっちゃ緊張感がある」と苦笑いする。シュートを外したら相手のベンチがどっと大盛り上がり。野次も相当うるさいそうで、そんな緊張感も「五輪に比べたらたいしたことない」と笑いながら考えてやっている。

昨年1月以降は日本代表に召集されず

大分国際情報高時代にインターハイで得点王に輝き、日体大に進学。休学してスペインに約2年間留学したり、2009〜2010年シーズンはスペイン1部リーグのアルコベンダスでプレーしたり、海外経験も豊富だ。

今も忘れられない悔しい試合が2004年アテネ五輪の予選であと1点に泣いた韓国戦。「中東の笛」で大きく揺れた2008年北京五輪予選でも韓国にあと一歩及ばなかった。

「あの時、五輪に行けていたら、もう競技はやっていないと思う。オリンピックというすごさというか、難しさ。あと一歩、本当に一歩じゃないですか」

2006年のテレビ番組「スポーツマンNo.1決定戦」に初出場して優勝し、ハンドボールのメジャー化宣言と称して競技の普及活動に尽力してきたことも、海外に挑戦したことも、すべては五輪のため。

昨年1月の世界選手権後、日本代表に呼ばれていないが、開催国枠で1988年ソウル五輪以来の出場となる東京五輪はやはり特別だ。日本代表のダグル・シグルドソン監督に今後どこまでアピールできるのか。サッカー界で言えば「カズ」こと三浦知良(横浜FC)のような存在でもあるハンドボール界の顔。競技への情熱と飽くなき向上心は衰えていない。