ひと冬越えて球速10キロアップ!

元日本ハムの投手、ダース・ローマシュ匡氏が野球人生を振り返るSPAIAちゃんねるの第3回。龍谷大平安高校野球部出身の「SEOLY(セオリー)」こと株式会社New Wing代表取締役の背尾匡徳氏と、株式会社グラッドキューブのCEO金島弘樹が進行役として、春夏連続甲子園出場した関西高校2年生の頃について聞いた。

≪【動画】ダース・ローマシュ匡②現ヤクルト上田剛史に度肝抜かれた最初の紅白戦―SPAIAちゃんねる

1年生の夏はまだ128キロしか出なかったダース氏。監督がダース氏に自信をつけさせようと、練習で3年生に木製バットを持たせて登板させたが、それでも滅多打ちされたという。結局、1年夏はベンチ入りできなかった。

1年秋から背番号11でベンチ入りし、中国大会で優勝。その冬、体幹トレーニングを行ったおかげで、翌春には138キロまで球速が上がっていた。

ダース氏は動画内で速い球を投げるためのコツを明かしている。野球に取り組む児童、学生や草野球に登板する街のエースはぜひチェックしてほしい。

センバツ優勝の愛工大名電を完封した1カ月後に知った衝撃の事実

センバツでは初戦で慶応義塾に7−8でサヨナラ負けしたが、大阪の強豪・近大付との練習試合では見事に完投勝利。近大付には当時プロ注目右腕で、卒業後にドラフト1位で阪神入りする鶴直人がいたためスカウト陣が詰めかけていたが、その日は鶴が投げず、スカウト陣の視線を一身に集めたダース氏の名前が世間に知れ渡るようになった。

さらに名古屋遠征でセンバツ優勝した愛工大名電を完封。ダース氏が「自信がついた」と振り返る投球で、プロ入りの夢は現実味を帯びる。

有名になってもダース氏が天狗になることはなかった。同世代には田中将大(現ヤンキース)や斎藤佑樹(現日本ハム)、前田健太(現ツインズ)らそうそうたる面々がおり、「プロに行かないと意味がない」と思っていたダース氏にとって、甲子園は通過点に過ぎなかったからだ。

ただ、愛工大名電を完封してから1カ月後に衝撃の事実を知らされる。詳しくは動画をご覧いただきたい。



スパイア [SPAIA] ちゃんねる
【対談③】元日本ハム ダース・ローマシュ匡 覚醒の瞬間!高1冬から高2の春で10km/h以上球速アップしたあるトレーニングを初公開!ダースの才能が目覚めた基礎トレーニングとは?